さまざまあるが(2006.03.29)
気が付けば春。 近くの桜が満開になっている。
目の前の仕事をコツコツとやる日々。あんまり遊んでもいない。スロットもちょっとご無沙汰。 いや、実はコッソリ、ストーンズには行った。 発作的に。 ずっと机に座ってるのが辛くなって…… 家から近いからね。 もう満杯で、ダフ屋頼みかと思ったけど、当日券があった。 まったく一人で、当日券を買って、まったく一人で野球博物館とか行って、全日本の選手たちの宝物とか鑑賞し、後楽園遊園地でラーメン食って、開演を待ち、まったく一人でストーンズを見て帰る。 どうだ、大人にしか出来ない行動であろう。
ところでストーンズ。 開演7時って書いてあったけど、本人たちが登場したのは、8時過ぎですよ。 まあ、前座バンドも出るんだけど、それにしてもいったい、こんなに待たせてあの人たち、何やってるんだろうと思う。 まさか薬やってるワケでもなかろうが。
一人でこんだけ待つのは、さすがに苦痛で、本とか読み出しちゃった。 とてもストーンズを待つ人、って感じではなくなり、テンション下がりまくりですよねえ。 まあ、そもそもがそんな大ファンてワケでもないし。 世界一のライヴなんだから、まあ見ておこう、て感じ。 実は前回の時もそんな感じで、ぶらりと一人でストーンズ鑑賞しに行ったんだけど。
その時は、わあ、スゲエ、と感心したけど、先日のは、さすがに待たされすぎで、気持ちも冷え冷えになっちまうかと、思ったのであった。
でもね、8時過ぎて、やっと場内暗転し、ジャーンて、キースのギターが鳴って、ドームがわあ!ってなってから、2時間ちょっとの終わりまで、もう一気呵成とは、このことであろうか。
まったくダレ場ってものなく、ぐわあっと走りきる。 実際、還暦越えたミックが、レフトポールから、ライトポールぐらいまで、歌いながら何往復もする。 そんで、極めつけ、を出し惜しみしないで、ドーンドーンとやって、最後に向けてますます盛り上げて、サクッと終わる。 また来るし、何よりもまだ当分日本にいて、あと何本かやってるから、お前らまた来ればどう? みたいな感じで。
発作的に行って、当日券で入って、しかもわしの家の近所で。 そりゃ、とてつもない大がかりなロックサーカスではあるんだけど、知り合いのライブに呼ばれてちょっと行ってきた、感覚があり、極めて趣深いものがあった。 身近な、感じでな。
前に甲斐よしひろさんと話してた時、ストーンズてのは、ミックは、徹底したショウマンだけど、本質は、ワッツとキース2人のノリを中心にした、地味なストリートバンドなんですよ、と教えてくれた。 ライブハウスバンドなんだって。 よく見ててよ。 しょっちゅう2人で周り無視して、見つめ合って、演奏してるからって。
途中、ステージ移動して、最少人数で、何曲かやったじゃん。アレが自分らだと思ってんだよって。 それは前回のステージの話だったけど、今回も同じように、メインではない、少ステージに移って、ライブっぽく何曲かやった。(ステージごとセンターから、マウンドの辺りまで自動的に移動しちゃうとこが、ライブハウスでは決してないんだが)
なるほど、言われて改めて見ると、確かにそう見えた。 んで、確かにキースとワッツが、2人で土台作って、ミックをそこで暴れさせてる、て感じがよく分かった。
しかし永遠のストリートバンドって。 要するに、永遠の小劇場って、ことだよね。 そうか、わしらは、ストーンズかって、勝手に思ったわしであった。 しかし、還暦過ぎて、あんなに元気に出来るだろうかね、わしら……
パンフの文章に笑った。 キースの言葉。 こんなに大きなステージやってるなんて驚きだぜ。何百人もが係わって働いてる。 俺はいまだに、G7の音をちゃんと出せるように練習してるってのに…… カッコイイ……
久しぶりに(2006.03.21)
錦糸町の稽古場に行った。 研究生が去り、すっかり汗の匂いが消えた、静かな稽古場。 こうしてみると、意外に広いんだな。
稽古場で、テレビ番組の収録。 TBSのCSとBSで放送される、本の紹介番組。 ちょっと古いけど、「神話の力」という本を紹介する。 でもコレ、本当に、私のネタ本として、10年以上、愛読っちゅうか、使い続けている本なのである……
もしも番組を見る機会があったら、よく見て欲しい。 夥しい付箋の数である。
今までのいろんな芝居書きのヒントにしてきた。 はっきりいって、パクッた、部分も多々。
もっとも、この本の著者というか、インタビュー本なので、被インタビュー者である、キャンベルという神話学者は、スターウォーズ製作にあたって、ルーカスが、話を参考にしたという人物である。 みんなに、ネタにされているのだ。
本当は、この本のことは隠しておきたかったけど、三十分も、じっくり話す機会を貰ったので、正直に、ネタにしてますと、カムアウトしたということだ。
明日はキューバ戦。 応援に励む。
ハゲレット(2006.03.18)
忙しいんだけど、やんなきゃイカン役目がある。 昼過ぎに、厚木文化会館へ。 運営理事の理事会へ。 その後、新宿に戻り、ハゲレットへ。 鈴木聡さんに見にいくね、と約束しつつも、今は他人の芝居なんか見てる気分じゃないのでパスしようかと思ったけど、厚木からの通りがかりでもあり、えいやあ、と行く。
でも行って良かった。 近年見た芝居の中でも、出色の傑作と思った。 自分でハムレットやったということもあるんだろうけど…… 自分でやっておきながら、結局、分からなかったことだらけのハムレットに、今日の舞台から、たくさんの謎解きの糸口を貰った。 聡さん、良い仕事をしている。 軽く嫉妬心。
演劇人居酒屋・犀門で、聡さんと少し話す。 私にとって、貴重な芝居仲間である。
野球と狂言(2006.03.16)
オリンピツクが終わったと思ったら、野球である。 やがてサッカーも来る。 忙しい年だ。 そんなに熱心に観戦しなくて良いと言われたら、それまでだが……
青少年センターの狂言は無事?開いて、終わった、はず。 スリリングな舞台であった。 千之丞さん曰く「ファジー」な作りで、セリフも、厳密に覚えなくて、ある意味、どこに行くのか分からない部分もある。 ほとんど稽古もしてないし。 それでいいのか、とも思うけど、それで良いのだと、デーンと構えておられるから、それで良いのであろう。 そもそも狂言は、ニワカ 的な即興性に溢れるものでなくてはならぬというのが、千之丞さんの言い分である。 今の古典になる前は、もっと臨機応変に観客の反応などに応じて、伸びたり縮んだりするものであった、と。 ニワカ、というのは、即興のお笑い芸だ。 まあ、それはそれでいいんだけど、こっちは裏側をいろいろ知ってるから、ハラハラである。 あ、今、セリフ1個飛ばした、とか。 飛ばしていいセリフもあるけど、それではキーワードが抜ける、なんてこともあって。 とりあえず、台本があるので、完全即興というワケにもいかず、そこらの塩梅が難しいところである。 しかしまあ、何というか、貫禄っちゅうか、呆れるほどずうずうしいというか。 セリフが飛ぼうが、何が起ころうが、あの家の人々は、ナーン名も動じることなく、まるで、そもそもそう書いてある、というような顔で、堂々と演じきってしまう。 言葉も基本は狂言言葉になってるから、間違ったかどうかも、よく分からないところも多々あるし。 ともあれ、そんなふうに初日が開いた。 そんで、結構、笑って貰えた。
新しく珍しい感じだけ、じゃなくて、ちゃんと笑える狂言にしたいと思っていたので、そこは達成できたかな。 あと、これはもう伝統芸の力だけど、太郎冠者と頼うだお方の、切っても切れない絆、心の通い合い、みたいなのが、千之丞さんの謡の辺りで、そこはかとなく漂っていた。 今は凋落した、頼うだお方の懐かしい歌声に、太郎冠者が思わず聞き惚れて、仕事の手が止まってしまうという場面。 本当に、千之丞さんの声に艶があって、中には憂いが込められていて、太郎冠者でなくとも聞き惚れて当然という圧倒的な説得力がある。 ただ笑うだけでもなく、お陰でドラマにもなってたかな、と。
嬉しかったのは、千之丞さんがこれは古典になりますよ、と言って下さったこと。 いつも同じ所で、お客が笑うでしょう。 筋が分かってても、何度も見ても可笑しいのが古典ですから、これにはその要素が詰まっていると。 是非、この先、五百年、演じ続けて頂きたいと思う。 今はまだ、5回である。
ところで野球。 感動した話し。 アメリカ戦の時、さすがの日本選手たちも、ビビっていたのだそうな。スーパースターたちの練習を見たあとで。 それを見たイチローは危機を感じていたと。 んで、最初の打席で、内角に来たら思いっきり引っ張って、ホームランを狙ってやろうと、思ったちゅうんだよね。 そんで実際、打っちゃった。 ベンチに帰って帰って叫んだんだそうだよ、イチローが。 こっから行くぜ!って。
凄いよねえ。かっこよいよね……
我が国に欠けているリーダーシップだよね。 しかも、プロ中のプロにしか出来ない、超絶的な力の発揮でね。 WBCは諸問題を抱えつつもかなり面白い。 中米チームも、韓国もそれぞれに魅力に溢れている。
松井は何で出なかったのかねえ。 生涯後悔するだろうねえ。 あと、今イチ盛り上がってないという、USA、ってホント馬鹿だよね。 ジャイアンだよな。
横浜シリーズ(2006.03.12)
土曜日は朝から、横浜で大人のための体験講座。 県の教育委員会主催の催しだ。
熱心な人々が、いろんな動機で集まっていて、面白かった。見学だけの予定だった、偉い先生方も、時々巻き込まれて参加していたりして。
その中でも特に素晴らしかったのは、体操の具志堅幸司さん。往年の金メダリストですよ。 そもそも世界一の体操選手・具志堅さんの前で、里沙がストレッチ指導をするというだけで、オモロくまたドキドキの見せ物だったのだが、この金メダリストは、とても気持ちの良い方で、積極的に参加して、ロミオのセリフとか、実際の演技の稽古とかも、一通りやって下さったのだ。
しかも、なかなか、上手いのね。 堂々として、落ち着いてるんだな。見られることに慣れてるのだろうね。 人前で平常心が保ててる。 まあ世界一の人なのだから、感心する方がおかしいのだけど……
最後の質問コーナーで、私の方から思わず質問しちゃった。 ずっと前、ドキュメンタリーで、体操の熟練の課程で、北島三郎ショウとかを熱心に見歩く、具志堅さんの姿を見たことがあったのだ。 どんな目的で、アレをと尋ねた。
そしたら具志堅さんの仰有るには、
審査員がどう見るかではなく、競技を見に来た観客全員の心を掴みたかった。そのために、ショウビジネスを研究した、と……
私、荒川静香さんと通じるものを感じました。 得点にならないイナバウアーってやつね。 観客に見せて、心を打つということね。 その目標は、たぶん審査員に気に入って貰うことよりも、やり甲斐が感じられて、充実の出来るものなんじゃないか。 単に技術の向上のみならず、精神も潤いつつ、自分が成長していける、というかね。 何よりも伸びやかになるでしょう。 人を感動させる、喜ばせる、という目標なら。 何かの影に怯えて、萎縮した感じの人が多かった、今回のオリンピツクで、そういう姿勢が、最後のキメテになったのだと思うのね、荒川さんの場合。 今後はショウに出たいって、荒川さんは言ってるけど、とても真っ当な希望だとわしは思う。 彼女は、あの奇妙な競技の本質を掴んでいるんだ。 つまりは、見せ物なのだと。 だから、ミキティをわしに預けろと、言ったのに…… 彼女に、女優魂の、カケラでもあれば、もっと強かに、舞台と劇場を支配出来ただろうに。 あまりにも、素直に、競技者でありすぎた、な。スルツカヤって人も、たぶん。 関係ねえか……
それはともかく、早起きの甲斐のある、楽しい時間になりました。 具志堅さんのみならず、集まった大人の人たち、みな頼もしかった。
もう若者にだけ期待する時代じゃないよな。 オジサン、オバサンが元気で、未来を創る時代だ。 とは言え、本当に元気なのは、女性でね。 八十二歳のフラダンスやってる女性が、このままでいいのかと未来に不安を感じたので、突破のキッカケが欲しくて、新しい体験をしに来た、と仰有るのを聞いて、軽い目眩を覚えつつ、感動に打ち震えた私であった……
さて、明日もまた、横浜青少年センターへ。 「太郎冠者FA宣言」の初日。 京都の稽古では、まだ皆さん、台本が手放せていなかった。 3日前で、大丈夫かと不安になったが、
これが、不思議と何とかなるんですなあ……
と皆様、余裕の顔であった。 ホンマかいな。 まあ、何とかなるんやろうけど…… でも、かなり面白くなる予感はした。 とにかく可笑しくて、笑える。 わしらの劇団でやったら、もう二押し、三押し、必要なところも、なんちゅうか、狂言役者という佇まいそのものが滑稽で、何やっても可笑しくなるところがあるんだな…… 先日お会いした万作さんは、 「美しく、面白く、おかしく」 が狂言の大事の順番、と仰有っておられた。
んが、千之丞さんはきっぱりと、
それがナンボのもんじゃい、と。 おかしくて、笑わした、それも立派やないですか……
同じ狂言の大家でも、こんだけ言うことが違うのですからね。 審査員のことなんか、考えてやるのは、阿呆でっせ。 と改めて、思う。
鑑賞会の公演で、広く見て頂けないのが残念だけど、私には貴重な出会いの、大事な作品である。
備忘録(2006.03.10)
忙しくて、大変。 出来事だけ記しておく。
昨日、劇作家協会へ行って、役員選挙の開票を手伝う。 こんなことしなきゃダメなの?と思うけど、永井愛会長とか、斉藤憐先生もやってることだから、下っ端理事のわしも逃げられなかった。 劇団ではすべて奴隷に任せるようなことも、こういうとこでは、今も身を粉にしてやっているのである…… その後、本多劇場で、石坂と高橋の出ているエキスポへ。 2人とも、凄く良い役なので、びっくり。その分、課題もたくさんあると感じたけど。まあ2人とも自然にとけ込んでいて、まずは安心。 面白くて、よく出来た舞台であった。 こういうチャンスをちゃんと次につなげておくれと、お願いする。茅野、有馬も来ていて、その後、加藤さんや外波山さんらと飲み屋へ。 下北の演劇っぽい呑み会だった。
その前後に合間を縫って、生本や細かい原稿仕事とか。
今日は、夏から始まる大仕事の打ち合わせ。 今はこれが最もタイヘン。 詳細はまだ明かせぬが。
明日は日帰りで京都へ。 千之丞さんと創ってる狂言の稽古を見てくる。 せっかく久しぶりの京都なのに、馴染みの芸者と会う暇もなく、とんぼ帰りである。 なぜなら土曜日は、朝から、神奈川の青少年センターで、大人のためのワークショップをせねばならぬのだ。 相変わらず、ハードだ。 もう少し暖かくなってくれれば、楽なのに……
芝居(2006.03.07)
やらねばならぬことの間隙を突いて、座員出演の芝居に。 今日は、川西の出てる、双数姉妹のスタジオ公演に。 まあ、まだまだ駆け出しの川西のことなので、正直あんまり期待してなかったけど、川西の、というよりも芝居自体がとても面白くて、思わぬ得をした。
小池竹見クンも今や、中堅の域にある演劇人だけど、良い仕事してるなあと思った。 観客挑発&巻き込み型の、昔、小劇場でよくあった手法を現代的に使っているんだけど、今この時、それが意外に新鮮だったのに驚いた。 もちろん、料理の仕方も良いのだろうけど。 今はその大半が忘れ去られているアングラ時代の遺産にも、まだまだやりようでは有効なものがたくさんあると再認識した。 我々は、飽きっぽ過ぎるんだよな。 百年かけて変わっていけばよいことを、4、5年で駆け抜けようとしたりして。 それはそれで面白いんだけど、何事にも成熟てのが大切だからね。 熟成する前に、捨ててたら、いつまでたっても、伝統となるような出汁の味は出ないからね。
それはともかく、今日の公演は、サンモール・スタジオ。ここは昔、貸し稽古場だったところだ。善人会議後期から、扉座改名の頃は、ここをよく使っていたものだ。 それが知らぬ間に、劇場になっていた。 なかなか良い空間だった。
明日も芝居がある。 高橋と、石坂の出てる加藤健一事務所公演。 久しぶりに下北沢へ。
カラダがたがた(2006.03.03)
すでに一昨日のことであるが、古武術の先生の道場へ行き、さまざまなカラダの動きや所作を体験した。
甲野先生とおっしゃって、桑田投手とか、百メートル走の末續選手とかにも、新しい発想で、トレーニング指導をしておられる今、話題の先生である。
古武道の稽古にとどまらず、ナンバ歩きとか、膝歩きとか、古くから日本にあった身のこなしを研究し、新しいカラダの可能性を追求しておられる。 その先生のレッスンを、素人が体験してみようと言う企画である。 通販生活という雑誌の企画で、私と荻野アンナさんが、生徒だった。 私は、20年ぶりにジャージを着て、カラダを動かしましたよ。 中年以上対象の企画なので、そんなに大変なことはしないという話しだったけど、そこは演劇人ですから。稽古の基本はジャージであります。 そんで、いろいろ体験した。 時には転がされたり、投げ飛ばされしてね。 合気道とか、居合い抜きとか、そういうものの達人との出会いを想像して頂ければ、よい。 そんで空気に投げられたとか、気で倒されたとか、ちょっと劇画チックなことがいろいろあったと思ってくれ。 端から見てると、ウッソーって感じなんだけど、たいして大きくない先生が、突然、信じられない大きなパワーを示してくれたり、目にもとまらぬ早業で、必死に警戒してガードを固めたはずの私の顎を突いたりするのである。 この身で体験してきたから、トリックでも暗示でもない。本当に、人の身体が、ある瞬間、特別な力を出したり、重くなったり軽くなったりするのである。
しかし、この先生の素晴らしいところは、そういうことをオカルトとか、名人だけのマジックに収めてしまわないで、平易な理屈で説明して下さるところだ。 うんと要約すると、たとえば手先だけでの攻撃にも、いかにカラダ全体の能力を動員して、パワーアップをはかるか、という理に適った論理なのである。 刀を手で振らず、腰で振れ、みたいなこと。 詳しく知りたい人は、いろいろ本も出てるので調べて欲しい。 甲野善紀先生という方だ。 当然、演劇やパフォーマンスのカラダを考えるためにも、興味深いことだらけで、私にとっても今後も是非追いかけたい先生である。
とまあ、そんなワケで、朝から昼過ぎまで、安全な転び方を学んだり、腰を痛めない介護の仕方(酔っぱらいの抱え起こし方も)とか、重い荷物の持ち方とか、いろいろ体験した。 その結果、今もカラダのあちこちがギシギシである。 安全な転び方については、お年寄りたちにも是非学んで頂きたいという通販生活の意向もあって、撮影モデルとして、私はことさら何回も転んでみせた。 しかしカメラが向いてるから、余計にがんばってしまう。 今、笑ってもお腹が引きつるように痛いのであるが、この腹筋の痛みは、たぶん、あの受け身10連発のせいである。
にしても、わしがジャージで、蠢いている姿が撮影されて、雑誌に載るとは。 どれほど無様なことになっているか、ちょっと怖い。
甲野先生という名を聞いて、これは行きたいと思い、一も二もなく飛びついた話しだったが、今、ちょっと冷静になって考えると、かなり無謀なことをしてしまったものである。 昨日は、茅野演出のタツヤに。 茅野は手堅くまとめているし、何よりも若い俳優たちをよく統率している。 ここでもちゃんと兄貴をやってるんだろうな。 役者たちに遠慮のない感じが心地よい。 でも人気者の方々なのね。 客席の盛り上がりを見て、びっくりである。 茅野さん、ますます大きくなっちゃって。 ただ、この鐘下さんの初期の作品のテイストが、少なくとも今の私には、ちょっと届いて来ないので、観劇としてはもどかしい思いがしてしまったことは隠せない。 最近の鐘下作品は、また別の世界を拓いていると思うのだが。 これはいかにも、一直線で、重層的でないのだよね。 そういう作品が私にもたくさんあるから、人のことは言えないんだけど。 たぶん、貧しさ、ってのがこの場合、大きなテーマなんだと思うけど、そこに同情も共感も湧かないから、困る。 なにしろ飢えた経験がないからね、親に捨てられたこともないし。 そもそも私の苦手科目ではあるしな。こういう世界が。 永山則夫だよな。 アングラの頃、テラヤマなんかが、よく論じていたから、とりあえず知ってはいるけど。 今の時代にとって、彼は何者だ。 ということをいろいろ考えて、個人的には、可能性に満ちたインスピレーションを得たのだが。
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