夜中帰り(2005.05.31)
今日はお食事会であった。実名出しても不都合はなかろう。悪だくみじゃないし。 横山クンと広井サンと、茅野某と赤星某とわし。銀座でカニをご馳走になる。最も年少レディの横山クンに、オヤジ4人が。 ズワイガニ、美味しゅうございました。カニすしも美味しうございました。 その後、銀座の「こんぱる座」というショーパブまで、ご馳走になる。やっぱりこのオヤジ4人が。 横山クンお勧めのスポット。 六本木・金魚という同コンセプトの先行ナイトショウがあるんだけど、その魂の継承者というか、正統なラインはこっちに移転していると思ったな。 今年のはじめに、金魚にも行ったのだが、かつて見た勢いがなくなったなあ、と思ったものであった。 ハイテク舞台機構とか、構成とかはそんなに変わってないんだけど、何か輝きが失われたと感じた。まあ旬を過ぎたということかなあ、とも思うのだけど、明らかに、やってる人たちがお仕事になってるんだよな。 ダンスにせよ、パフォーマンスにせよね。まあ観光地化してるんだから、仕方ないんだけど、昔は、客席も楽しんでたけど、舞台も盛り上がってるように見えてたんだ。 一日三回ものショウを毎日繰り返してて、内心は疲れ果てて当然だと思うのだけど、それでもそういう疲れがそれぞれの充実感に見えてたんだな。 だるい、って感じじゃなくて、もっと爽快な疲労感で、でも客席の笑いと拍手で、もうひとがんばりのエナジーが湧いている、 って感じ。 それが今年の初め見たときには、たまたまかもしれないけど、とても希薄になっていた。残念ながら。 ところが、そういうかつて金魚にあった勢いが、今、こんぱる座に継承されてる気がした。 舞台機構は、六本木に遠く及ばないんだ。ぐっとチープ。でもその分、ダンサーとエンターテナーたちが、気持ちで埋めてる。 一生懸命のサービス心でね。(聞けば、元金魚メンバーもこっちに来ているのだとか) それが心地よかった。 万博における私の基本方針と、重なるものでもあるしね。どんなにハイテク使おうと、凄い映像投入しようと、結局、やる人間が楽しんで、一所懸命やってないものは、ぜんぜん面白くならないから。心から楽しんでやってるものに適わないから。 地球タイヘン大講演会は、最後まで、ダレずにそうあって欲しいと願っているし、出演者たちもその気になってくれている。 でもそういう努力はゼッタイ報われるよ。 だって舞台は最後は、役者だし、ダンサーのものなんだから。 こんぱる座を見て、改めて、そう思ったな。
にしても、横山クン、すっかりごちになりました!
深夜帰宅となったが、すっげえ久しぶりに会った赤星某よりさまざまな報告の雨あられ。タクシーの中ではとても聞ききれず、途中下車して、ジョナサンでコーヒー啜りつつ、報告受けて、今後の相談を。 気が付けば、再来年の話とか始まってる。 ちょっと頭クラクラ。
横内さんの日記読んで、先生結構ヒマありそうじゃんとか、仕事催促の電話が来るんですけど、と赤星某の進言。 バカ野郎、あれは、やりながらいろいろ考えるための時間で、遊んでる訳じゃねえんだ。あれも大切な時間なのだ、と応えておけと言っておく。 パチンコ時代は、確かにそういう側面もあった。でも、正直言って、パチスロはちょっと微妙。なぜなら、アレは作業に追われてあんまりボーッとしてらんないんだ。 でも、ヒマな訳じゃねえんだぜ。 ただヤバイのに、思わず遊んじまってただけさ。
さようなら(2005.05.30)
先生はお友だちみんなにさよならを言わなくてはなりません。 痛い痛い目に遭いました。 先生は小さな有限会社をやっていて、百万単位のお金には常に悩まされていますけれど、数万円程度のことにはそんなに困っていません。 だから、お金の問題も、確かに大きな問題ですけれど、それより何より、もう心が折れてしまいました。 先生はしばらく、闘いの場を離れて、静かに自分と向き合ってみたいと思います。 今度いつ、闘うことがあるのか、それとももう二度と、闘いの場にはいかないのか。今はまだ、分かりません。ただ、今日受けた傷は、当分、癒されそうにない、ということだけは確かです。 今まで先生の闘いを見守り、応援を送って下さったお友だち、どうもありがとう。 みんなの声援に応えられなかった先生を許して下さい。 はつきり言えば、所詮、心なんかないマシン相手に、ムキになってしまった。 これだけチカラを注げば、マシンにも心が通じて、言うことを聞いてくれるだろう。願いを叶えてくれるだろう、そんな風に信じてしまった先生が愚かだったということになるのでしょう。 でも、先生はそれを悔いてはいません。 夢を信じることの喜び、夢を追ってがんばることの楽しさ、先生はそれをみんなに伝えたくって、闘う背中をみんなに見せて来たのです。 残念ながら、その夢をみんなの前で達成することは出来なかったけど、その思いは伝わったと先生は信じています。 先生は、闘いの場から去りますが、これからはお友だちみんなが、それぞれの闘いの場でチカラを尽くし、夢を追って懸命に生きる姿を見せて下さい。 では、さようなら。 先生を捜さないで下さい。
先生は、ダメな大人です。(2005.05.29)
先生は今日は遊んでる場合ではなかったんですよ。いろいろ、やらなきゃいけないことがありましたからねえ。もちろん今この時も、やらなきゃ行けないことの最中です。 なのに、朝から、何かソワソワしてしまって、ああそういえば、ハンズ行って、アレとコレ買わなきゃ具合悪いんだよな、とか独り言を呟き始めました。 別に、急いで買わなきゃいけないものではないんですよ。 後日、でいいものなんだ。 なのに、わざわざタクシーに乗りましたよ。ハイ。地下鉄で済むんです。けどね、乗りました。 アホ面ではなかったと思います。と言うよりも、タイヘンなのだ私は、地下鉄なんか乗ってる場合じゃない、って感じだったと思います。 とてもハンズに家庭用品お買い物に行くような顔でもない。 もしかしたら刑事さんみたいな雰囲気だったかもしれません。 でも、捜査するものはないので、真っ直ぐにハンズに行って、いくつか雑貨を買って…… 帰る…… とはならなかったのですよね、やはり。 池袋の地理に詳しい人なら分かると思いますが、ちょうど向かい側に、あるんです。巨大パチンコ店が。 ちなみに、このハンズの玄関では、かつて人が刺し殺されています。意味もなく、ふざけた通り魔ですよ。実は、その前日、私はこのパチンコ屋の中におりました。 そういうスポットです。今は何事もなかったのように、ギャルたちがまさにその現場に座り込んでたりしていますが。 それはともかく、そんなことしてる場合じゃないのに、魔界スポットにはまりこむように、先生はまた北斗に行ってしまいました。 今、やんなきゃいけないことの最中なので、とりあえず結果だけカムアウトしておきますね。2時間ほどいて、三万五千円ほど、預けて帰ることになりました。 ナーンにも起きませんでした。 久しぶりに、先生、ちょっぴり、マシンを叩いてしまいました。 よい子は真似してはいけません。 ただ、先生は決心しましたよ。 明日は、昼から打ち合わせがあるんですが、それが終わったら、ちょっとばかし、本気で決着を付けに行こうかと。 今日、三万五千ほど預けてますしね。 その引き下ろしと合わせて、10万円ぐらいは、カッパイで帰ろうと思っています。 退かぬ…… です。
地震(2005.05.28)
地震あったね。夕方に石巻辺りで…… しかし、それぐらいの地震は、いつだって起きてるもんなあ。 それで当たったとか言ってたら、キリねえよなあ……
今日はひたすら、パソコン前に。 途中、ジーコジャパンだけ応援したが。 アラブに負けた。小野だけ素晴らしかった。 ま、真剣勝負直前で、も一つ気合いが充実してない、って感じだったな。 にしても、逞しい選手が一人ほしいな。上手いのはもう一杯いるから、強い人が欲しい。と、にわか評論家は強く主張したい。しかしそれはよく言われるように、現代日本の社会と結びついたテーマであろうな。 そういう人材が育つ土壌が欠けているのだ。 一人で、数人敵を蹴散らし、強引にゴールゲットしちまう、エゴイストね。 サッカーだけの問題じゃないね。我々は今夜、すべてが横並びの見せかけ平和主義という、この国の病理に歯ぎしりしたのだと思う。 涼風真世さんが、国家斉唱。 さすがに上手い。キレイだったし。 しかし、何で真世さんよ。代表の人選は、いつも不思議だ。 ラグビーなら、分かるけど。
真夜中でござる(2005.05.27)
しばらくは、家で地道にやっとったが、 今日は行動の日であった。それも激しい移動。
まず午前中から、文化庁に。劇作家協会と文化庁の偉い人との懇親会みたいのがあった。そんなものに、わしなんか出ても仕方ないと言ったのだが、何しろ協会設立からずっといる上に、ぼんやりしてるうちに、協会の中での立場みたいのが出来上がってて、仕方なくカタチばかりの参列を。 早い話が、劇作家たちはがんばってるので、文化庁の支援を頼んます、ということで、何か陳情団みたいな感じになってたな。 しかしまあ、いつも手弁当でやってて(うちの田中クンだって微々たる謝礼で協会の仕事手伝ってるしな)、バックアップが是非欲しいことに偽りはなく、大切な機会であったと思う。 その後、ちょいと時間が空いたので、さあケンシロウかとも思ったが、勝負するには半端な時間の気がしたので、今日は池袋でダーツの練習などを少々。 このとこ調子が悪くて、ボロボロ。一時、かなり上達したと思ったのに…… バチスロに気持ちを取られていたからであろう。
にしても、パチスロのことを書いて以来、未だかつて無い大反響があって、ちょっとびっくりしている。そんで、会う人ごとに、その後、ラオウとの闘いはどうなつてますか?と訊ねられる。 そんなことが続くと、日記ウォッチャーの皆さんの期待に応えて、ここは闘い続けなくてはいけないのではないか、なんて使命感まで感じてしまうのだが、だからこそ、ここで半端な勝負はしたくないなあ、とも思うのである。 遊び半分ではもう出来ない。 しかるべき時に必ず、ラオウ昇天に挑むので、慌てずに待っていて欲しい。 しかしコレ、ビギナーに取っては、なかなか辛い注目のされ方だな。でもでも、みんなが、もっと真剣に応援してくれたり、アドバイスをしてくれたりしたら、「電車男」みたいな展開になるんじゃないだろうか。 ガンガレ、ケンスケ!大勝利キボンヌ!みたいな。 そして私がついにラオウ昇天を成し遂げた時には、パソコンの前でみんなが涙したりして。 そんなこたあねえか……
さてその後、下北沢に移動して、ホントに久しぶりにスズナリへ。一生の出てる「アイスクリームマン」を見に。 以前、「深夜劇場へようこそ」のゲストにも来てくれた小島聖さんもご出演。その時以来、私が聖さまに密かに思いを寄せていたのはすでに日記報道の通り。それが…… 何とこの舞台では、大好きな聖さまと、一生が濃厚に絡んでおった。はっきりと舌まで絡めて。 一生、テメー、いいじやねえかよ!その唇、わしに貸せ!と私は一生に絡んでおいた。 かなり空しい絡みであるが。 一生が聖さんに会っていきませんかと、言ってくれたが、何かその言い方が自慢げな気がしたので、会わないで行くよ、と軽くスネておいたぜ。
登場人物全員が病気な感じの中で、一生と聖さまは、すっごく自然に病んでいた。やっぱ元々、病気なんだろうな、この二人は。もちろんこれは誉め言葉である。
その後、舞プロの宴会に誘われて原宿へ。 一生と六角、伴、石坂も所属している事務所。これまた久しぶりに、六角と伴にも会う。大門さんや不破万作さんなんかもいた。 久しぶりにたくさんの人にあったのと、ここの人たちとは「きらら浮世伝」からの古い付き合いなので、いろんな話に花が咲いて、ついつい長居。 深夜帰宅。 1時過ぎぐらいに、六角の携帯に、南関東方面地震に気をつけろという怪メールが届く、たぶん今夜、遅くても4日以内に、そいつは来る、と。 地震雲が出てるからって。 ホントかよう? 真偽のほどは定かではない。 来たら来たで、ジタバタしても仕方ないからね。関東にいる限り、どこにいったって揺れるものは揺れるからね。 まあ、せいぜい、そういう時に、後で振り返った時に、カッコ悪い行動だけはとるまいと、心に決める。 福知山線の教訓を生かして、 人としての品格を、そういう非常時にこそ保ち通したいものである。 地震よ、来るなら来い。しかし、たぶんガセだね。 北斗の星が光る夜荒野で、例のガキがわざわざ報告に来る、あのガセネタと同じだよね。 私の場合、 「ケン、あっちにラオウがいたぜ」 って、あいつがそう言いに来て、ラオウがあっちにいた試しはない。
いいですかお友達(2005.05.22)
先生は、いよいよ本格的にパソコンの前に座って働かなきゃいけない時期に来ました。 でも、いやだなあ、という気持ちが起きて(それは皆さんにも経験がありますねえ、試験前みたいな感じですよ)それで打ち合わせの後、わざわざ池袋で途中下車して、最後の夜じゃと思って、またまた北斗と闘いに行きましたよ。
もう、まったくダメダメで、かなりやられてました。ジャギに2連続で負けるし、せっかくBB引いても、一回目でラオウから、燃えるミカンを投げつけられて、倒されます。赤い炎に包まれるケンシロウの姿はまこと切ないものであります…… しかもそんなことが何度も続きます。やっと引いても、燃えるミカン、引き戻してミカン、やっぱりミカン…… お前のチカラはそんなものか! はい。そんなのものです…… 私はもう帰って働きます……と、 店を出ようとしたその時に、隣で大樽で出してたオバサンが辞めて立ち上がりました。 ええ、これがホントのホントの最後じゃと思い、オバサンがまだ去らぬうちから荷物を置いて確保して、回し始めました。 それでも二百は回しましたよ。はつきり行って、先生はちょっぴり心神喪失状態でしたね。千円を投入するたびに「どうせダメなんだよ、またシンとサウザーに笑われて、ジャギにまで負けるんだ、アミバは姿だけ見せて逃げるんだ……」 と呟く始末。 千円札が、お金ではない、なんか別のものになってました。どうせダメですよ、ハイハイどーぞ、またまたドーゾ、ってお金を差し出す精神状態は、やはり健康とは言えません。 先生の頭の中には、小さな六角精児がたくさん湧いていたのだと思います。恐ろしいですね。 「おいおい、置いてかないでくれよ」と例のガキが出てくる度に「もう来ンな、死ね、テメー」と毒づいておりました。そんな時には、小さなトシノリ君、てかトシノリ君は普段から小さいけど、もっともっと小さい虫みたいなのを思い浮かべて下さいね……がたくさん湧いてたのだと思います。 何でトシノリ?と思うお友達も大勢いると思うけど、一見温厚そうですが、実はトシノリ君は我が扉座で一番の怒りんぼなんですよ。有馬自由かトシノリが怒りんぼ大将です。顔が分からない人は、ホームベージのプロフィール見て確かめましょうね。
ケンスケよ、家に帰る時が来たのだ…… ラオウの声が何度も聞こえた気がしました。
ところがです、先生の心が折れそうになった、まさにその時です。突然、台のどこかから、 「二千××年、ホールは大当たりの予感に溢れていた」みたいな、あれは神谷明さんなのかなあ、ともかくそういうナレーションが聞こえてきて、BBへ突入しました。 こんとこ私は、何とか赤7だけは揃えられるようになってきました。で、ビツグボーナス、ゲーット! で、始まったけど、案の定、一回目からラオウの燃えるミカンです。 しかもよけられず、まともに食らって、赤く燃え、吹っ飛びました。 ケンシロウ!お前のチカラはそんなものか! ここで立ち上がることもあるけれど、先生のケンシロウは立ちません。右隣のケンシロウはよく立つのに、私のケンシロウはもう、ぜったい立たない…… ううっ…… またもまたもまたも、一回で終わりです。 しかし、その後です。そうです。ピンクの服の女の子が、最後の最後に現れて「ケーン!」と叫んでくれて、私のケンシロウをついに目覚めさせてくれたのでした。
ありがとう、ピンク服娘!オレも謙だぜ! 「ケン、会いたかった……」 いつもそう言って来てくれるのに、そのたびに私は「別に会いたくねえよ」と毒づいてばかりいました。酷いときには「大人になってから来い、家出娘」とか…… 愚かな先生を許して下さい。 その後は、別人でありました。 ミカンは、突然現れるひげの仙人とともに回避します。ケリもパンチも青い光に包まれてかわします。 倒れても自力で立つし、ピンクの服の女の子も、白い服のお姉さんも出てきて、救済してくれます。 そして、十回を超え、ついに噂に聞いていた、テーマソングが流れてきました。なんか賑やかなロックの曲です。 これがくれば20回以上、ラオウ昇天確実と聞いております。先日、地球博のタイヘン講演会の楽屋で、博士たちとパチスロ話になった時に、博士の一人がそう言ってました。テーマがなれば、昇天です、と。 名古屋の劇座で、一番実直で普段は寡黙な梶原君という博士です。 博士が言うんだから、間違いない。
ラオウよ、天に帰る時がきたのだ!
私、はっきり声に出して、そういったと思います。左隣の、これまた倒れたらゼッタイに立たないヘタレケンシロウを溺愛して、私が見てるだけで三万以上突っ込んでる兄さんが、血走った目で私を睨み付けました。 悔しかったら、君のケンシロウを鍛えやがれ。 私は微笑み返してやりました。 オレは天才だ、覚えてろー、へへへへ、であります。
ところが、十四回目です。 ミカンで倒れて、自力で立たず、でも最後には娘かお姉さんが出てくれるのだろうと、タカを括っていたら、そのまま、ううっ、と倒れて終わってしまいました。 ラオウ昇天を見るつもりだったのに、やっぱり先生のケンシロウは負けて終わってしまいました。 その時点で閉店まであと三十分。とりあえず百までは回しましたが、ともかく気が抜けて、ヤレヤレという感じで終わりました。 最も真面目な博士が鉄板と言ったのに、どういうことでしょう。というか今、思えば、普段寡黙な梶原クンがなぜかパチスロ談義になった途端に、激しく食いついてきて、饒舌になったこと自体、不思議なことではありました。 梶原クンも、そういうガセネタとかたくさん掴まされて、名古屋のパチスロ屋で何度も痛い目に遭っているのかもしれません。
ちなみに、戦果はそれでもちょいヘコミでありました。 まあ、心神喪失から立ち直り、小さな六角やトシノリが頭の中から消えてくれたので助かりましたが。 少し腑に落ちません。
また明日以降へのテーマを残してしまいました。 ラオウを天に帰す時は、来るのでしょうか。
名古屋へ(2005.05.20)
2泊3日で名古屋へ。 タイヘン大講演会の様子を見に。噂には聞いていたが、初めて満席になった状態を見て、しみじみと感激しつつ、ほっと安堵。 でも満席には満席なりの問題もあるもので、これも噂通りに、子供がピーピーと泣く。思えばゼンゼン子供向きではないのだね。自分でも怖いと思ってるミイラの映像とか、脅かしみたいなエフェクトもいろいろあるし、何よりも、主役の博士が、怒りんぼで、いきなり激怒とかしてる。 博士たちは楽しんでくれているので、子供が泣き出すと、臨機応変に、故林家三平師匠スタイルで、アドリブとかやって謝ったりあやしたりするんだけど、そんなことで泣く子は黙らない。 もっとも、博士も自分で脅かして泣かせておいて、ごめんねえ、もないもんだがな。 ともかく、ガキが泣く出し物である。 あくまでも大真面目な講演会なのでね、子供向きのお楽しみのように思ってる方が悪いんだ、と開き直っておく。 しかし子供が泣いても嫌な感じはなかったな。ああ、生きてる生身の人間たちがここにいる、って感じだった。そういう一体感のある出し物がとっても少ないからね、この万博には。 賑やかで、猥雑でワアワアやってるのが、芝居小屋って感じで面白いぜ。 どんなに泣いても、中身は変えないよ!そういう怪しいモノものもあっていんだよ、お祭りには。見せ物小屋とか、怖いテキ屋のオッサンとかね。 そういうものも子供の記憶の底に残って、やがて新たな文化を生んだりするんだ。テラヤマとか、唐なんて、モロにそうでしょ? あと予備校の同級生がプロデューサーをやってる名古屋テレビの朝の番組「どですか」ってやつの取材も受けた。来週月曜が千回目の公演なんだけど、それに合わせて紹介してくれる予定。 最初はガラガラだったのが、今はお客さん一杯です、ってのが気持ち良い。 あと、トヨタ館で、空中パフォーマンスやってる、ロシア人のデミ君が遊びに来てた。彼はテッシュの名手らしいのだが、トヨタ館はワイヤー式のフライングなので、実力が発揮出来なくて、無念がっていたところに、日本人だけでこんなことやってるのを見て、仰天し、自分からコンタクトを取ってきたのだ。 トヨタの主役はロボットさ、と寂しそうに言っておった。 寂しいときはここに遊びに来なさい。ティシュの練習もさせて貰いなさいと、言ってあげたら、とても喜んでいた。 彼の実力も見たかったけど、まあ、来週若井田さんが行くから、その時に、交流が生まれるだろう。 万博ならではの出来事で、面白かった。 一夜明けて、昨日は、中国デーのオープニング。福岡国文祭のプロデューサー・菊池さんが関わってて、式典からパフオーマンスまで見学。 例によって中国の至芸の数々なんだけど、聾唖者のダンスには圧倒された。 二十数人で、千手観音を作るのであるが、音が聞こえないのに、バッチリと息を合わせ、見事な千手の動きを見せる。 ここにも不思議なオーラが漂っていたな。 恐るべし、中国四千年のチカラである。 にしても、いろんなことやってるなあ、万博はホントに。 昨夜は、予備校同級生・城田クンと栄で宴会。 最後に寄ったバーは名古屋に行く歌舞伎役者が集まるので有名なお店なんだけど、実はこのお店のご夫婦は、わしら劇団(当時・善人会議)が初めて名古屋に行った時、御園座で公演中だった勘九郎さんに連れられて名演小劇場まで「ヨークシャーの空飛ぶ会議」を見に来てくれていたのだ。 ブタが痩せる話、とちゃんと覚えていて下さった。 かれこれ15、6年前の話だろうかね。 懐かしい夜であった。
最後に一つ憎まれ口。 炎のマジックショーってのを四十分並んで見た。一個ずつでも見て回ろうと思ってるので。 あんまり芳しい噂を聞いてなかったから、全く期待してなかったけど、ここも役者が出てて、しかもその彼が演技ととともに歌まで歌わなくてはならないような難しいことを、誠実かつ上手くこなしてたから、応援したいと思ったな。 ただな、そんな彼に拍手を送ってあげたくても、その前に彼は引っ込んでて、ただ映像で出てるだけの古田新太が最後を締める構成になってンだよな。 頭悪いなあ、というよりも、哀しい、と思ったな。 何のために、生身の人間が、汗水垂らしてやってるんだろうな。いくら古田が人気者だからって、スクリーンに写る光に手は叩かないよ、我々人間たちは。 せっかく生きた人間が登場して、がんばってて、拍手という、この世で一番素晴らしい音が生まれるチャンスのある空間なのになあ。 ガスパビリオンは、自分たちでそれを台無しにしてるんだ。 拍手があれば、彼だってもっとやり甲斐を感じるだろうし、やる度にエネルギーが貰えて、ますます良い演技が出来るようになるのに。バカだよなあ、ホント……人間をモノ扱いしてるんだ。不在の古田には余計な気を使っちまってな。 トヨタの主役はロボットさ、という寂しげなデミの呟きとともにね。 役者とか、パフォーマーとか、そもそも人間というものに対する敬意が、欠落してるなあと思うぜ。そんなにロボットがエライかい?有名人が大切かい?今目の前で汗かいて、我々に語りかけてる人間よりも? サツキとメイの家だって、サツキとメイは不在なんだぜ。 お留守なんだよ、あそこは。 サツキとメイには会わなくていいのかよ?留守宅の侵入じゃないかよ。勝手に人んち上がって、ガサ入れすんなよ。 いつから人間は、人間に会うのがそんなに嫌になったんだ?
昨日。今日。明日(2005.05.17)
昨日は、お昼に取材で厚木まで。新企画は静かに進行している。 夜に、神保町の中華店で、週刊金曜日の宴会。編集部の方と書評担当の方々。そーいう雑誌があって(基本的にとても真面目な雑誌。「買ってはいけない」シリーズとか出してるとこ)、そこで時々、本の感想文とか紹介文を書いてるのである。 でも、反愛知博キャンペーンなどを鋭く過激に展開とかしてる雑誌で、そこに愛知博とかナーンのわだかまりもなくヘラヘラやってるわしが参加してるのは、どーよ、って感じなのではあるが、とりあえず、面白そうなら何でもやる、というのが私の基本姿勢なので、先方がそれでいい、って言うのなら、それで良いとしておく。 真面目すぎるほど真面目な金曜日としても、たまにはわしのようなイカサマ臭いのを混ぜておきたくなるのであろう。 しかし、そんな真面目な雑誌を作っている人たちは、どーんなにお堅い方々かと、ちょっと心配してて、いきなり「愛知博の意義はなんですか?」とか「天皇制に対するあなたの態度は、作家として曖昧過ぎないか」とか、糾弾とかされたらどーしようと、ビビッていたのだけれど、編集長も担当の方もとっても普通の方で、安心というか、拍子抜けであった。 それ以上に、今後はもう少し誌面に遊びを入れたいとのご意向。 まったく同感であった。とにかく、金曜日モードの中にいると、私は軽薄で、資本主義に毒されていて、正義の心の欠けた奴、って気がしてくる。それだけスゴイパワーを持つ雑誌ではあるのだが、たとえば便所の中で気軽に読めるページがも少しあっても良い。何より、自分ンとこの劇団員が、たぶんこれでは一人も読まない。それがちと寂しい…… ともあれ、意外に?と言っては失礼ながら、楽しい会であった。 さて今日は、お昼は自分の仕事して、夜に劇作家協会の戯曲塾の講師。世田谷パブリツクシアター内の会議室。 1年の最後の授業だったらしい。会長の永井愛さんが、執筆でテンパってて、代打を頼まれた。 と言っても、特に話すこともなく、泥縄な感じで1時間ほどお茶濁し。雑談しながら、思いつくままに勝手に語って帰ってきてもうた。 他の講師の人たちは、個別指導とかでビッチリやってるんだけど、私だけこんな場当たり式にいい加減で申し訳ないなあ、と思う。 しかしなあ、はっきり言って、芝居書きなんてものを本当に教えるには、真剣勝負する以外はないね。たとえば、こないだのモボとの仕事みたいにな。ありゃ別に、教える教えられるなんて関係じゃないんだが、私とモボの間に交わされたことは、戯曲とは何か。芝居をどう書くのか?っていう遠大なテーマについての会話であったと思う。 こっちも、二十数年やってきた劇団の公演を任すのだから、必死である。向こうも、失敗は出来ないから命賭けであろう。魂のぶつかり合いですぜ。 ブルペンで、練習してるのとは訳が違うんだな。 真剣勝負のマウンドですよ。ダメなら、降りて貰うからね。という覚悟があって作品に注文つける。半端じゃないよ、それを言うこちらの覚悟ってのもさ。こっちも作家、相手も作家だぜ。百年後、どっちの芝居が生き残ってるか勝負だぜ、とか思わないとそこまでは言えません。 だって、どう書いたって、それを面白いと思う人も、つまらないと思う人もいる訳で、要は好きずきだもんね。 だから、書きたいように書けば、でもゼンゼン良いんだもの。それでアドバイス終わりで、何の問題もない。 げれど、自分の劇団で、最後の責任は自分にあるってことになると、そう安直にはいかんのだよ。それじゃ、困る、ってことがあるんだな。自分も作家だからこそ、尚更に。 哀しいかな、劇作塾では、そんな気分にはなれないし、なる必要もないんだよな。 そこが大きな違いだね。 ただ、真剣勝負に出る前の、経験とか、鍛錬の場としては、この塾はかなり程度は高い。教える側に情熱もある。皆さん、ホントに頭が下がりまする。 新年度は6月からである。 今もまだ生徒は募集中とのこと。興味のある人には、強くお勧めします。変なとこ行くより、ここが良い。まったく未経験でも問題なし。 来年は私もも少し深く関わらなくてはならないらしい。 んで明日は、久しぶりに名古屋に。 タイヘン大講演会に行ってくるぜ。 浪人の時の駿台同級生の城田クンも取材に来てくれる。今は名古屋のテレビ局のプロデューサーなのである。有名な情報番組をやっている。 浪人の時、僕らも一回ぐらい青春しようと言い合って、多摩川の河原で野球をやった仲だ。 今、思い出しても、涙が出てくる。それは、ささやかで、健気で、ちょっぴり哀しい草野球であった。 浪人生たちのベースボールさ。
注目(2005.05.15)
いいかな、お友達。 先生は言っときますよ。いいですか、一回しか言いませんからね。 パチスロは、難しいです。 ハイ、以上。
金曜日(2005.05.14)
打ち合わせ。 のあと、築地方面から、なぜか上野へ向かう。 そんで、高級時計店のウィンドーなんか覗きつつ、北斗へ向かう。すつかりハマってるじゃねえか。 時計店を覗いたのは、今日こそ、ラオウを天に帰し、二十万ぐらいはカッパいでやるという、そんで中古でもロレックスとか、現金でポイと買ったらサゾ剛毅なことでろうぞ、なんていうとらぬ狸の、というよりもパンダかシーラカンスの皮算用なのであった。 あり得ないけど、そういう気分で行くんです、素人バクチは。 んで、こういう時は、もう百パーボロ負けだね。普通はね。 しかし、今日はじりじりとした耐久戦となり、出るような出ないような……結局三時間ばかしやって、投資二万の、回収二万6千円終結であった。最後は無駄に三百回してしまったが、やっぱりシンとサウザーの往復になって、つまんなくなった。 もっと粘れよ、という六角の声が聞こえてきた気がしたけど、そこで辞めないから、あんたはサラ金に行くことになるのだよ、と見えぬ六角に言い返しておいた。 というよりも、わしはもう腕が痛いよ。不慣れな作業なので、腕の筋がツッてくんだ。 でも負けないねえ。ラオウの昇天もないけどね。ケド負けないのはスゴイと思う。 今日は半分ぐらいは自分で7を揃えたぜ。
んで帰って仕事。 地球タイヘン大講演会に、また皇族が来る。 んで、想定質問みたいなのに、どうお答えすればよろしいでしょうか、なんてメールもあり。 福岡の時もそうだったけど、おかしいよね。質問されたら、どうしようって、係の人たちは今から必死に想定Q&A集を作ってんだよ。 さあ、どーでしょう、わかりせーん、とか言えないのである。でもね、陛下や殿下らもそこらは阿吽の呼吸でわきまえてて、あんまり難しいことは尋ねられないそうよ。 つくづく不自由なお立場だねえ、とも思いますね。私は天皇制については、ご本人方の忌憚のないご意見を一度みんなで伺うべきだ派である。とりあえず平和な時に、それをやっておこうじゃないの、と主張したい。 天皇に人権はないらしいけど、それは違うやろ派でもある。じやなきゃ、もう誰もお嫁さんやお婿さんになりたくないもんなあ。人権がなくなるんじゃあさあ。その方がずっと存続の危機だろうよ。 それはさておき、雑用こなし。 明日は劇作家協会の総会。
パチスロ(2005.05.13)
いろいろやるべき仕事はありながら…… なんかイヤになって、昨夜の深夜、2チャンネルで、パチスロの記事いろいろ見てたら、無性にやりたくなって。 気が付けば、午前中、家の前からバスに乗って、大塚に向かっていた。池袋じやないとこが微妙なのである。一応、仕事する気でもあったのだ。テキトーな喫茶店入って、考えるぞ、と。昔は喫茶店で書いてたからね。最近はまあ、書いてもネタのメモとか、せいぜい下書きぐらいだけどね。 なので、なんちゅーか、遊ぶぞコノヤロー的な池袋じゃなくて、なんか寸止めみたいな、半端なとこを目指したのだね。 でも内心は、やっぱ北斗の拳に向いていたのだった。 で、ちょっとだけね、と思って、大塚ひょうたん島に入店。こういう時はだいたい負けるんだ。で、やっぱ働こうと思って、しぶしぶ喫茶店へ行く。 それが若い頃からのパターンです。 そうやってわしは名作を何本も手にしてきた。 でも今日は出た。なんかゼンゼン連チャンしなくて、すぐにラオウからミカン貰ったり、つまんないキックよけきれなくて、2連で止まったりとか、なんだけど、良い頃あいで、当たりが来る。 念願の、ラオウ昇天には遠く及ばなかったけど、三万以上勝ったな。 本当はもっとやってたかったんだけど、サウザーとシンを往復し始めたので、つまんなくなって辞め。ちゃんと喫茶店に行き、ノートを開いたぜ。 たまにはこういうこともある。 神のお告げだったんだろうよ。 ただね、わしは未だに、目押しが出来ないんである。今日は、腹を決めてかなり自力で挑んだけど、スルスル外す。でいい加減、周りも哀れな目で(もしかしたらザマミロな目)で見てくるから、恥ずかしくなって店員さんにやって貰うことになる。 いちいち店員さん呼ぶのかっこわるいんだ。 みんな、どうやって習得するんだ?あの技を…… 弱視の六角でさえ、出来るってんだよね。舞台で相手役の顔がよく見えてないあいつがだよ。 なんかピンボールの魔術師のトミーみてえじゃねえ? 古すぎて、誰もしらんだろーな。
水曜日(2005.05.12)
新しい仕事のための取材で、若いお嬢さんたち数名とお食事会。一見、合コン?って感じでもあったけど、お行儀よく仕事に徹した私。最近の若者事情については、ラブ3創りなどで歳の割には精通している自負があったが、いえいえ、やはりオヤジ化は隠せないのぉ、とお嬢さんたちのお話を聞いて、痛感しました。 とても品格があって、礼儀正しい、今時珍しい清潔なお嬢さんたちなのだけど、それでも驚くべき事がいろいろありますなあ。 若い娘の父親じゃなくて、良かった、と思いますねえ。心配だらけだよ、今の世の中。
んなことはともかく、クジラが網にかかって死んだ。楽しげに見物してる場合じゃなかったのだね。早く、こっから出て行きなさいって、みんなで追い立てなくちゃいけなかったんだ。 ここはオメーの来るとこじやねぇって。
んなことはともかく、今日、街を歩いていて、なぜかふと思ったこと。西原理恵子が、何とか賞ってのを、私が凄いと思った作品でとって、それは当然だと思って、嬉しかったのだけど。にしても、オレにはあんな作品は書けないのなあ、とひとりごちたのである。 マンガが画けないのは当然で、その世界とか、中身の話だ。 なんちゅうか、どうしても画きたいモノがある人は強いなあ、としみじみ噛み締めたのである。この西原さんとか、柳美里さんとかね。もしかしたら、画きたいんじゃなくて、書かずにいられない、って感覚かもしれないけどね。 そんじゃ、お前は、書きたくないこと書いてるのか、と言われると、書きたくないことは書けないのだけど、どうしても書きたいことが、西原さんや柳さんみたく、ふかーく切実にある訳じゃない、って気がすんだな。 そもそも、初期の作品なんか、オレたちにはテーマがない、なんてことをそのまま書いてるようなモノだからね。 それは、実は、私に限らず、小劇場ブームの作家全体に言えた傾向なんだけどな。 これを書かずにいられない、ってことではなく、とにかく芝居がしたい。そのためにテーマ探しを必死でやってた、っていうかね。何を書けば、芝居として面白いんだろう、みたいなね。 芝居を書くために、テーマ探してんだよな。とは言え、それだって難しいことで、しかもそれを仕事にしていくなんてのは、奇跡に近い偉業ではあるのだよ。 演劇職人としては、誇れることだ。 しかし一方、西原さんの「上京物語」とか「女の子物語」とかはさ、これを書くために、この人はマンガという武器を手に入れたのだなあ。もしもこの世にマンガがなかったら、この人はこれをカラダの中からはき出すことが出来なくて、苦しみながら死んでしまったのかもしれぬなあ、みたいなただならぬ気配が漂っているのである。 なんというかね、取りあえず、白旗挙げるしかねえなあと思うんだな。だって命に関わる営みを見せつけられてる感じだからさ。 もちろん悔しいし、ジェラシーを感じるのだよ。 オレもそういうモノを書きたいじゃないか、と。 まだまだ作家生活は続いていくから、諦めることはしないけどね。そういうモノがホントに自分にはあるのかなあ、なぜかふと今日思ったのである。 もっとも、それはすなわち、私は現実世界において、とても幸せに生きてきた、という意味でもあんだけどな。 西原さんとか、柳さんの人生はタイヘンそうだもんな。作品を生む才能は奪い取ってみたいけど、その記憶や体験はいりません、って感じだもんな。 けど、それを抜いたら、たぶん、意味ないんだろうな。 芸術って難しいな。って、このまとめは作家の端くれとして、どーよ?
日曜日(2005.05.09)
にわかに本書きに強制復帰させられつつある昨今。案の定、お腹が痛くなってきた。 作家になると具合悪くなるんだ、私は…… 大きな仕事はいよいよ始動する。その一方、レギュラーの小仕事もやる。今日は生本のバカ原稿書き。しかし、生本のエッセイ、最近たまたま数人に褒められた。可笑しいよ、って。こっちもまもなく一冊になる予定なので、気合いは入れて、バカ原稿を書く。 お昼に、栗田サン演出の「血の起源」。素晴らしいダンス公演だったと思う。能舞台をイメージした日本の古典的空間処理と、モダンでコンテンポラリーな(どういうこっちゃ、自分でも言ってて分からんが……)音楽と身体表現とが見事に融合していた。 ケドさ、これテラヤマじゃねえよ、と思った。自由な解釈はいいんだけど、やっぱ、テラヤマはテラヤマであって欲しいな。そぎ落としが、栗田サンの手法だけど、テラヤマは過剰でなくては。しかもそれがゴチャゴチャのままセンスよく纏まるところがテラヤマ的知性なんだと私は思うのね。唐はテッテイして猥雑なんだけど、テラヤマはもっと気取って、津軽弁で言うところのエエフリこいて、おしゃれぶるのさ。でも、田舎の、土着の怨念がちゃんとそこに籠もる、みたいな。一方、唐は東京の土着な。下品に見えて、実はずっとオシャレなんだ。チョーネクタイやサスペンダーがよく似合うのさ。唐の世界は。だから、まとめようとしない。自信があんだよ、根底に東京人だ、日本の中心に生まれて生きて来たんだ、っていう。 テラヤマはそうはいかない。彼は、日本人に、東京人になるのに、必死にならなきゃいけなかった人なんだよ。結局ドテラに白塗りなんだよ、な。戸籍をなくして、それでも故郷への思いが溢れ、愛と憎しみが渾然としてるんだ。 本当のオシャレであっちゃいけねえんだよ、津軽のオシャレは。太宰とかテラヤマとか、さ。 なんて少し語りたくなった。七十年から八十年の、オレの嫌いな、ゴールデン街チックな会話だな。やめとこ…… 尼崎の事故。 なんかまた正義のヒステリーになってきた。そりゃ、JR西日本は悪い。それは分かった上で敢えて、異常な正義の合唱に大きな違和感を私は覚える。 ボーリングがいかんとか、ゴルフがいかんとか、なんか大犯罪みたいに断罪してるけど、仕事さぼってやってたわけじゃねえんだし、それをあんなに大上段から誰もかれもが裁く資格があんのかね。 道徳とか、倫理の問題であるならば、それを求める方は、より深く道徳的であり、倫理的でなくてはならないはずじゃないか。しかも、知性的で冷静であるべきだ。 被害者と遺族はいいんだよ、当事者は、どんなに怒っても。 わしが言ってるのは、マスコミとか、一般的なニュースの視聴者ね。 関係ないモノたちは、自分だったらゴルフ辞めて帰れるかな、上司に宴会中止しましょうとか言えるかな、とか。もっと慎重に我が身に置き換えて、他山の石とすべき事柄なんじゃねえか。しかるに、なんかこの勢いでは、笑ったのもイカンとか、メシ食ったのもイカンとか言い出しそうな勢いで、まるで魔女狩りじゃないのさ。 ホントにみんなは、JR西日本の人たちとは違うのか?こんな非常事態が起きた時に、人間として正しい判断が下せて、立派な対応が出来るのか? 信じられないとか、遺族でもないのに激しく憤ってるけどさ、明日自分が逆の立場で世間の人々から糾弾されるような、情けない行動を取ってしまう心配は本当にないのかね? 正直、わしは自信ないな。他人の意見に流されがちな面もあるからねえ。みんながいいと言うから、まあいいか、みたいな感覚が自分にはかなりあるんだ。脱線車両から電話したら、上司が早く出てこいと言ってる。そんな時には、上司に従っていまいかねんよ、わしもさ。そういう教育受けて来たんだもの、日本人はみんなさ。自分で考えることよりも、システムに上手く乗る訓練を施されてね。 決して特殊な例じゃないと思うぜ、西日本。
毎日のニユース見てて、すっかり感情移入してその気になって、関係ないのに花を現場に持って行ってる人も大勢居るだろう。悪いこととは言わないけれど、ある意味、冷静さの欠如も感じてしまうのだ、わしは。ニュースが毎日、悲惨な映像流して悪い悪いと言ってるから、JRが悪魔に見えてきただけじゃないか?本当に自分で考えた上で、善悪を見抜いているのか? 自分の考えと判断がないことが、今一番問題になってんだぜ。 まあヘソ曲がりなんだろうけど。 くれぐれも断っておくが、この事故は、心から哀しいことで、亡くなった人たちと遺族はお気の毒である。 遅まきながら、合掌。
大阪(2005.05.06)
狂言とミュージカルを観るツアー。 千之丞さんと言う人は、八十二歳という人なんだけど、信じられないぐらい若々しい役者さんである。仰有ることも現代的だし、テキパキとしておられる。 声を出すのが健康にエエんでしょうと、ご本人は言っておられるが。 とは言え、やはり大ベテラン。何というか、舞台での佇まいの、ただならぬ存在感。 なーんにもしない。ただいるだけなのに、目が惹き付けられる。その上に、大きく見える。可笑しいし、哀しいし、愛おしい。ただそこに居るだけで…… それは何という技術なのだろうか。 自然にそこに居る、ってことですかね。 とてつもなく自然な姿勢と、何よりも乱れのない呼吸でね。 すーっとして人間が居る。それだけで、こんなに面白いのだと、全身で教えてくださっておりましたナ。 もちろん狂言は可笑しく、笑いましたけどね。 笑いにならない、もっとそこはかとない、可笑しさが漂うのだね、こういう妖怪みたいなベテランには。 そういう至芸を観た。 この方とお仕事をやることが、とても光栄であるとともに、こりゃまたエライ仕事を軽々しく引き受けてもうたもんじゃと、ちと怯えますね。 まあ、幸運なことであり、こういうのをしつかりやらなきゃダメなんだよな。 こっから狂言の勉強を始めることにする。と浪速の決意! 茂山宗彦クンに久しぶりに合った。ジュリーの「ザ・近松」の日生劇場公演の時以来。すっかり大人っぽくなっていた。 てか思えば、彼の本業を観たのは、これが始めてだった。もっと早く見始めとけば良かったと後悔…… あと「マンマミーア」を大阪の新しい劇場で。 四季は良い小屋を建て回りますなあ、あちこちに。こじんまりとしていて、使いやすそうな小屋。タッパがあり、奥行きが深そうでね。客席とかは、無駄な装飾なしで、ただ芝居を見るためにだけにそこに座る場所みたいな、ね。 「マンマミーア」はひたすら、楽しかった。強引な日本語の歌詞とか、無理なストーリー展開とか、突っ込みどころはいろいろあるけど、そういう野暮を言ってはイカン出し物であろう。 ノルかノラぬか、ただそれだけだ。 職人技で、ぬかりなく作られた上等品なんだしね。 そういうお楽しみに、私はなるべくノル人でありたい。 ただ、最後に立って踊れと言われてもなあ…… 一人で座ってるのが、なんかとても意味深げになってしまいそうだから、隣近所に合わせて立つだけは立ったけど、踊りませんよ、ねえ…… だって、そもそもディスコなんてのもロクに行ったことないんだから。踊ったことのない者が、踊り出したら、変じゃないか?アバの歌だって、聞き覚えはあるけど、歌ったこともないんなあ。 だからさあ、ロンドンでは、皆が踊り出した!、でいいけど、別に我が国でもそれを無理やり踏襲することはねーんじゃねえかな。 ここのお客さんたち、付き合い良いよなあ、と感心した。 我が国では、立って拍手までが限界じゃねーか、な。 そりゃ、サザンの歌なら歌えるけどね。
ゴールデンウィーク(2005.05.01)
なんか久しぶりに公演とか稽古のない黄金週間である。が、遊び回る余裕はなく、お家にいる。そもそも私の暮らしは、世間のリズムとは完全にズレていているから、人様が働くときにブラブラしてて、お休みの時にアクセクしてるのが普通なのではあるが。 何より、平日の方が何だって空いてて快適だものね。 とはいえ、お出かけの用事もある。 三日から一泊、大阪へ。これは狂言を観に。わざわざそれだけのためかよ、って感じだけど、ボンヤリしてると時があっという間に過ぎて見逃したりするから、観れるときにエイヤと動いて、観てしまおうというのが最近の姿勢である。 今度お仕事させていただく、茂山千之丞さんの狂言会だが、黄金週間中ずっと昼夜やり続けるマラソン公演だ。あいにく満席で、三日の昼夜だけの鑑賞になったが、それでも四本一気に観られるのは貴重な体験だろう。 そんな訳で4日が空いたので、何しようかと思ったら、同行する妻がマンマ・ミーヤを観なくてはと提案。何を隠そう彼女の高校の同級生が、ずっと主役をやってるのに、東京公演を見逃してしまっていたのである。ずっとやってると思うと、そういうことがままある。それが今大阪でやっているのだ。 四季には私の友人もいて、ずっといつ来るの?とも言われていた。 重い芝居を観るのは気が引けるけど、それならいいか。 名古屋の方も気になるけど、それは連休明けに行く。 地球タイヘン大講演会。 スタート当初のガラガラ公演して観てないから、1時間待ちとかもザラになったという活況を早くこの目で確かめたいんだけど、さすがに今週は大混雑の様子、ちょぃと怯む。 まだ他にも観たいものがあめるから、も少し空いてそうな時を狙って行く予定。
西原理恵子の「上京物語」に続く「女の子物語」またマンガに泣かされた。しかも今度は号泣コース。 昨日パソコンが壊れて動かなくなった。またウィルスかと思ったけど、再セットアップしても変わらず。サポートセンターにも、修理に出すしかないと言われた。 たぶん一ト月以上かかるって。 とは言え、仕事の都合上とても困るので、慌てて、代用を一台買ってきた。持ち運びによい小型のヤツは前から買おうと思ってたからいいんだけど、またも追わぬ出費である。 オメーは金遣いが荒いなあと、またオヤジに叱られるのだろうか。突然大阪行ったり、パソコン買ったり…… でも商売道具なんだからよう。イチローのバットだって、折れたら新品作ってもらうだろ。ブーンの借りて済ましたりはしないだろ。大阪だって仕事だかんな。イチローだって、あちこち行って野球やってんだろ。練習のためにわざわざ飛行機乗って、遠くまで行ったりしてよう。 しかし、オレが社長で、その上に一番働いてるのに、何でこんなことイチイチ弁解せなアカンのやろ。そんな気持ちになってまうのやろ…… つくづく貧乏性やなあと思うで、と言うよりも、劇団財政そのものが貧乏だから、オヤジも心配になってそんなこと言うのやろね。そないに使て、ダイジョウブか?て。 しつかり働こ…… てか、本が売れればいいんだよ。だが今のとこ増刷の噂もなし。みんなよう、もっと本を読もうぜェ。 読んだ人は、みーんな良い本ですって言ってンぜ。 劇団員も読めよなあ。今度試験にだすかんな。点とれないヤツは、日勤教育すんかんな。
そんな訳で、これは新しいパソコンからの書き込みであった。
|