2004年05月                             

日曜日(2004.05.31)

 曜日の感覚はすでに消えています。いつも乗るバスがやけにスムーズに走るな、と思ったら、日曜だった。
 ぴあの取材受けて、その後、ひたすら稽古。すこーしずつだけど、情報も載り出したかな。ちなみに今月の『シアターガイド』では、私と葵太夫の対談記事みたいのが載ってます。ただし、この対談日はまだ苦しみの執筆中で、その上にほとんど寝てなくて、加えて、スッゴーク眩しい日で、目のあたり、ボロボロ状態の不健康な感じの写真になっておる。
 葵お師匠さまの、不思議過ぎるほどツルツルのお顔に比べて、かなりヤバイんだな。まあ、そんな苦悶の頃の私が出てますので、記念に見てみて。と言うより、話の中身をチェックして、観劇前の予習をよろしくね。

 今日の稽古はロクに休みもとらずに怒濤の如くやって、ラストシーンまでやった。まだまだやらなきゃイカンことも山積みながら、とりあえず、一通り手を付けました、ってとこ。
 ほらね、だんだん間に合ってきたでしょ。
 まだ初日までは2週間以上ありますからね。私の友人の劇作家たちは、だいたい遅筆で、2週間前にはまだ半分ぐらいしか書き上げてない、なんて人ばっかですからね。
 今回も私はちゃんとやってるし、早いんですあります。
 ま、早けりゃいいってもんじゃないがな。
 しかし、がんばってる。エライぞ、ヨコウチクン。と自分で言う。

 んで、明日は私、お休みを頂きました。
 何しろ、ずーっと休んでなかったし、雑用もたまりに溜まってるんだな。とは言え、いろいろお付き合いもあってね、ホントは演劇とも仕事ともまったく無縁の一日を過ごしたいところなんだが、六角が出てる芝居があんじゃないのさ。このために六角が今回の公演出られなくなったヤツ。
 そんなの見にいくか!って訳にもいかなくてね。というより、むしろ、どんなんか見たくなって、たぶん下北に行くことになる。
 まあ、その前に、久しぶりに、お買い物ぐらいはしてもいいじゃんか、とも思うんだけどな。
 さて、どうなるか。
 すっかり消えていた私の消費本能。甦るのか!
 特に何が欲しい訳でもないんだけどね。

 でも、某ラジオコマーシャルのコピーも、まだオーケーが出てないし。自由時間がそんなに取れるのだろうか……
 何を隠そう、わし、そんなことまでやってるんですぜ。お金のため、って訳でもなく、ただ面白がってね。自分をラジオCMの天才と思い込んでるし。
 いざとなると、大変過ぎるよう、とか泣き言言うんだけどね。頼まれる時は、何かかんたーんに出来る気がしちゃって、安請け合いしてまうんやね。
 
 あんまり頻繁に流れるようなものではないようなので、聴いたことのある人は希有だと思いますがナ。
 
 
 



お師匠さま(2004.05.29)

 本日、浄瑠璃の最終稽古でありました。
 葵太夫が、明日から博多座に行ってしまうのです。で、本日は
三味線の鶴沢慎治さんも加わって頂き、浄瑠璃部分の仮り録音でした。
 生の義太夫と、太棹と。普段は歌舞伎座でしか味わえないものがスミダパーク第三スタジオ、の小空間にビンビンに響き渡り、もの凄い迫力でした。
 出来ることなら、紀伊国屋でも、響かせてみたかったなあ……
 スケジュールがそうなんだから、まあ、仕方ない。
 生の語りに負けない迫力をなんとかして成立させまする。

 それにしても、徐々にカタチを現しつつある、我々の新浄瑠璃。
 我ながら、痛快の予感がしております。
 一応、位置づけ的には、『お伽の棺』の発展系ということになってるのですが、マンガ的な妖怪モノの側面も忘れてはいけなくて、そこは私の得意分野なので、アレコレと工夫を凝らし、結果、ウルトラ地味なテイストが売りの『お伽の棺』とはかなり違った、バラエティに富む、野心作に仕上がりそうです。
 特に、紀伊国屋の、あのちょっと古くさい、そんでインテリ気取りの、そこはかとなく文学的な、空間にはぴったりのモノになるんじゃないかしら。
 いや、そうなるように仕上げよう。ソレがよい!
 と決意を新たにした本日でありました。

 戯曲執筆では大変苦労し、その弱気をここでさまざま吐露してしまい。皆さんにもご心配をおかけしたと思います。
 でも、その憂鬱な感じは無事脱して、イケルイケル!と思いつつ、躁期を迎え、毎日の稽古に励んでいます。
 皆さん、是非、見に来て下さいね。
 ちなみに、今回を見逃すと、我々の芝居(建築ショーは別として)はもう年内にはありません。
 ドアクラブの方々の結集は当然のこと。扉座フアンの皆さんの盛大なバックアップをどうか、よろしくお願い致します!
 久々の、お願い演説でありました…… 

 ともあれ、葵太夫さま、お疲れ様でござりました。
 博多での!本録音、よろしくお願い致します。

 
 
 
 



新三国志Ⅲ(2004.05.26)

 千秋楽の、お馴染みのカーテンコールの後、それでも拍手が止まらなくて、もう一度カーテンが上がって、その時に、お客さんが次々と立ち上がって、いろんなかけ声をかけて下さって……
 気が付くと、涙が流れておりました。一階の一番後ろの席に座っていたんですが。
 スタンディングオベーションは、最近ではあちこちで見かけますけど、演舞場の、しかもかなり年配のお客さんたちがね、そうやって拍手して下さった。均質な総立ちじゃないのも、しみじみ良い風景だったナ。そういう拍手のやり方なんかゼンゼン知らないわよ、なんて感じのおばあさんが、びっくりしてたりして。
 そんで、見様見真似で立ってくれたりして。
 一番後ろだったから、そういう客席の息吹をひしひしと感じた。
 自分の芝居で泣いたのは、いつ以来だろう。
 芝居で泣いたっていうのとは、ちょっと違う感慨なんだけどな。
 ともあれ、足かけ七年の大仕事、本日終了。
 
 自分に乾杯。
 



千秋楽(2004.05.25)

 明日は稽古はお休み。稽古の方は、まだ試行錯誤の段階ながら、さまざまな新しい試みにチャレンジしつつ、粛々と進んでおります。まあ、楽しみにして下さいナ。
 なんじゃコレは!と思うか、オオ!と感嘆するか、どっちかだろうな。今回の公演は。久しぶりに新境地の開拓に励んでるんだ。まだまだ若いぜ、私、って感じ。

 明日のお休みの理由は、私が演舞場に行くからであります。
 『新三国志Ⅲ』の大千秋楽です。五年前に始まったシリーズの完結編の、その完結です。
 稽古中なのでどうしようかと迷ったのだけど、今回だけは、どうしても終わりに立ち会いたくて、私だけがお休みすることにしました。
 猿之助さん不在の寂しい楽日です。(客席にはいらっしゃるのか、それも私は知らない……)
 まさかこんなことになるとは思ってもみませんでした。ホントに昨年の暮れまでは、大丈夫!って雰囲気だったんだから。
 でも、弟子たちのがんばりと、お客さんの応援で、かなり盛り上がってるようです。評判も良い。作品がしっかりしてるからだよね、と。多くの方にお褒め頂いてるらしい。不幸中の幸いであります。

 でも、スーパー歌舞伎に関わって以来、初めて、次の予定がなーんにもない決まってないままに迎える、千秋楽です。今までは、やってる最中に次の構想が猿之助さんから語られてきた。三年先には、コレやるから、みたいな感じでね。
 毎回、それ聞く度に、やっと一つやり遂げたところに、また次なる課題を突きつけられて、たまんないぜ、休みてえぜ、などと思っていたものです。
 けど、それもいざ、途切れてみると、やはり寂しいものですねえ。
 そもそも、今後、スーパー歌舞伎というものが存続出来るのかどうか、それもまだ確証がない状態だからねえ。
 いつもは、楽日の舞台挨拶があるから、行くんだ、というのが千秋楽なんだけど、今回はそういうことではなく、何というか、この時を劇場で過ごしたいと言う思い、ただ一つであります。
 
 しかし、猿之助という人は、必ず、復活する。私はそう信じています。
 
 出来上がっては、たちまち消えて行く。
 芝居作りは虚しくないですか?
 『夢見る力』の対談で、私が猿之助さんにした質問です。
 猿之助さんの答えはこうです。
 たとえば映像や活字で、百年残るものが傑作だとしましょうか。しかし、舞台はどんな傑作も、一瞬で消える。百年対一瞬。これはとても大きな差に感じる。
 しかし、宇宙の時間で眺めてみれば、百年も一瞬も、ごくごく短い時間に過ぎない。
 むしろ、一瞬という時間の方が、永遠というものに通じる、という意味で、重みがあるぐらいではないですか?
 私はそういう永遠に通じるような一瞬に、全力を賭けることに喜びを見いだしているのですよ。

 思い出し書きだから、適当だけど。
 
 私には、まだとても、宇宙から自分の営みを眺めるような境地はありません。今このときの欲望や、明日の予定で精一杯だよ。
 けどね、永遠に通じる一瞬を得る。
 これは素晴らしいファンタジーだよね。確かに百年残ることよりも、魅力的なんだよね。芝居という儚い光の輝きを知ってる者にとっては特にさ。
 
 猿之助という名は、今もすでに百年は残る名前だろう。でもね、まだまだあの人に作り出して貰いたい一瞬があるんだよな。
 そしてそこに参加したいんだよ、私もさ。

 猿之助さんに二十歳の時に抜擢されて、名を馳せ、輝かしいキャリアをスタートさせたのが、今、私と一緒に、新浄瑠璃・百鬼丸を創ってくれている葵太夫です。
 今この時、そういう人と新しいモノ創りをやっているのも、何かの因縁だよね。
 この私も、猿之助さんに出会い、二十一世紀歌舞伎組や、スーパー歌舞伎の仕事をしなかったら、今のようにはなっていないでしょう。劇団は続けていたかもしれないけど、活動の半分以上は映像関係のこととか、文筆とかの別の仕事になっていたような気がするな。
 私のことをプロの劇作家として、独り立ちさせてくれたのは、猿之助さんです。技術的にも、心構え的にも、経済的にもね。
 
 いろいろ思うことの多い、千秋楽なんだ。

 



対談(2004.05.22)

 お昼に、手塚真さんとパンフ用対談。陽だまりの樹、以来久しぶりにお会いした。実はうちのヘアメイクをしてくれる青山の高橋さんのお店の常連さんで、しょっちゅうすれ違っているらしいのだけれどね。
 手塚治虫さんの息子さんとして、どろろ をどう考えるか、というよりも、むしろ映画監督というかビジュアリストとして、手塚作品をどう捕らえているか、という話が面白かったナ。
 まったくの同い年なんだ。なので、育った環境はまったく違うのに、ある種の共感がある。まあ、詳しくはパンフを買って読んで下さい。今回も、田中クンはじめ制作スタッフが家に帰らず、事務所に泊まり込みで、必死に製作しております。あ、泊まり込みは、田中クンだけだネ。
 夜は、また葵太夫の義太夫ワークショップ。かなり本格的なおけいこになって参りました。
 でも、その稽古だけで、面白い。
 我々、普段の会話も、何だか、不思議に義太夫口調となりにけり……
 んで、稽古後に、葵太夫、改めお師匠さんと、親睦を深めるための飲み会を開催。
 錦糸町の名店、天紫亭にて。
 明日は、たまりに溜まった、私の個人的仕事を進めるために、稽古は一休み。
 役者の皆さんはセリフ覚えの日かな。

 
 
 



短くてゴメン(2004.05.21)

 ただ今午前二時。
 まだまだやんなきゃいけないことがあんので、短く。
 衣裳と美術の打ち合わせ。とにかく、シンプルに!が合い言葉。いかにしてコスプレにしないかが、今回のテーマだ。
 んで稽古。

 明日は、お昼にパンフ用に、手塚真さんと対談、その後稽古。
 手塚治虫さんの息子さん。知ってるよね?
 
 あと山田まりやから、業務連絡。今、本多劇場に出てるんだって。で、皆んなで見に来て欲しいって。
 我らも何とか応援したいところだね。



二日目(2004.05.19)

 葵太夫による、義太夫ワークショップあり。歌舞伎座出演で、お疲れのところを、何度も繰り返し、語って下さる。しかも大熱演で!
 大変ありがたく貴重な体験でありまする。
 正直言って、劇団員のほとんどにとって、おそらくは初めて耳にするモノで、まさに異文化交流なのでありますが、今回は単なる体験では済まされないことなのでね、これから必死にお稽古して、葵太夫の名を汚さぬようにしなければ!
 明日はハワイからまたまたヨーヨーが帰国して、百鬼丸のための新曲打ち合わせ。思えば何と贅沢なスタッフワークでありましょうか。
 
 書き込みに、上演時間は?
 というご質問がありましたが、未だ、誰にも分かりません。休憩はなしの予定なので、2時間見当にしなくちゃ、とは思ってますがねえ……
 さて、如何なりますか。もう少し、お時間を下さりませ。

 それにしても、カヤノサンダル問題だ。
 安全ピンを多用しているという桐明さんのご子息は十代なのですよね。イサムは四十代なのです。
 ますます、どーよ?
 どんなサンダルか気になるでしょ?
 誰かに頼んで、写真をアップして貰いましょうね!



昨日今日(2004.05.17)

 疲れ果てたので、出来事の記録だけ。
 昨日は飛梅組オーディション。130人以上が集まってくれた。扉座ワークショップ的な、身体表現テストとセリフテスト。あと、ラッキィ池田さんのダンステスト。
 思った以上の、参加者のやる気に大変満足。充実した時間であり、今後に期待が膨らんだ。参加してくれた方々、ありがとう!
 特筆すべき人物は、高校生一年生の杉山さくらちゃん。彼女のダンスはサイコーだった!池田さんの振り付けの魅力を最大限に引き出してくれた。大きな感動!このまま、人々に見せたいぜ、と思ったよ。

 その後、選考会を開いて、私と茅野、赤星は博多泊まり、イカ食って、明太子食って、すこーしだけ中州徘徊して、早めでホテルへ。朝の飛行機で、稽古場に。
  
 で、いよいよ稽古開始。読み合わせ二回。
 葵太夫も歌舞伎座出演の合間を縫って、お昼と夜に参加して下さり、打ち合わせ。現時点での構想の中で、すこーし聞かせて頂く。
 自分の書いた言葉が、義太夫になってて、それだけで感激。
 プロって言うのはスゴイよね、とつくづく思う。
 その後、稽古場乾杯で、皆はその後もどっかに繰り出したみたいだけど、私は疲れ果てたので、帰宅。
 
 この二日間の印象としては、茅野の普段着はどーよ?タンクトップにサンダルですぜ。しかもそのサンダル、何か、安全ピン(マジだぜ!)が百個ぐらい刺さってるの。
 一応、わしら福岡県庁の仕事で行ってんだぜ。
 第一、飛行機に乗れるのかよ、そんなんで、と思ってたら、案外、飛行場はフリーパス。大丈夫か、我が国の安全管理!
 このサンダルについては、他の人の意見も聞きたい。早くみんな目撃して下され。

 キリ番ゲットの人、おめでとう!
 ロビーでお待ちします。
 案外早かったな。



土曜未明(2004.05.15)

 百鬼丸、最後まで到達。
 事務所にメール。
 お昼から、劇作家協会の理事会と総会。
 夜は家人と久しぶりに、外食。

 日曜は朝から、福岡へ。
 国民文化祭に出演する、地元選抜キャスト『飛梅組』のオーディションに。私と茅野は、夜までかけて選考まで終わらせ、明後日の朝、羽田帰り。そのまま錦糸町へ。
 月曜から、稽古開始。
  
                      て感じ。
 



(2004.05.14)

 年金の未払いが、あります。細かく調べていないので、正確には分かりませんが、数ヶ月分では足りないぐらい、ゼッタイにあります。
 なので、国民の皆様に大変申し訳なく、この上は職を辞して、お詫びしたいと思います。当分は謹慎の上、社会的活動も控えたいと思います。当然、公演も中止します。

 などと言って、この苦しく長いホン書きから逃れられたらなあ、と思いました。
 
 嫌な仕事など押しつけられそうな時には、この手を使いましょう。と言っても、ずっとサラリーマンや公務員やってる方々は、未払いなんかないでしょうからね……
 我が扉座の場合、座員の状況を調査して、公表するようなことになったら、たぶん、即刻活動停止状態となるでしょうなあ……
 
 こんな馬鹿なこと考えてる場合じゃないんだ。
 明日が期限だ。
 書かねば、あと少しなんだが……



ひたすら書き(2004.05.13)

 ホントは稽古突入の予定だったけど、まだ書いてます。遅れてるって言うより、これはもう私的には予測の範囲で、むしろ、まあ、よく踏ん張って書いてるね、私はエライという感じ。だって4月の終わり頃には、今回こそは、本当にヤバイと内心は思ってたんだよ。ついに二十数年のキャリアで初めての公演キャンセルか……なんて。
 でももう、最後のラストスパートに差し掛かっています。日曜にはまた福岡行きの用事があったりするので、それまでに皆にホンが渡るよう、何とか今週中に上げようと、寝ずにやってるところです。

 なので大阪のトニセン千秋楽にも行けず。寂しい思いをしております。
 かなり盛り上がったみたいなんだけど。
 さんざん苦労して、でも、一番美味しいとこは味わえない、不幸な巡り合わせだよね。一度でいいから、自分の作った芝居をしみじみと味わってみたいね。
 たいてい、次なる課題に取りかかってて、落ち着かないまま、打ち上げやってたりするもんな……
 
 もう、セリフとト書きを書くのは嫌だよォ!と叫ぶ夢で、うたた寝から目覚めたり。かと思うと、突然の不眠になり、寝床に就いてから、何時間も悶々としたり、かなり妙なことになっています。
 何か腰も怪しい気配です。
 うっすらと、痛みの波が迫り来る予感がしていて……
 
 結論を言えば、芝居書きはカラダに毒だ。ってことですか。
 
 しかし、そんなふうに私のカラダを蝕む百鬼丸め、でありますが、これが自分で言うのも何ですが、なかなか、期待のもてるものとなりそうです。
 誰が見ても、まさか、あの どろろ がこんな芝居になるとは思わないだろうけど、なってみたら、なるほどこれこそ、どろろだわ、って思わせる自信ありです。
 ただ今回はお金がないから、演出的に、さまざま制限があってねえ。
 そこをどうクリアするかが課題で、しかし、今の段階ではなーんも考えず、ひたすら書いてるので、あとでまた苦しむことになるのかな。
 ともあれ、あと少しなんで、がんばります。

 SAY YOU KIDS 応援してくれた方々、ありがとうね。台本もすごく売れたんだそうです。今、普通に戯曲を出版して貰ってもそんなに刷ってくれないし、到底売れない冊数よ。感謝です。
 んで、出来れば、その勢いで、扉座にも是非、来て下さい!
 



ひたすら(2004.05.05)

 二日に大阪行って、三日に大阪初日開けて、四日に帰ってきた。んで、新幹線の中も、大阪いる間も、ずっとノート抱えて、百鬼丸のこと考え続けた。本当はパソコン持って行こうと思ったけど、きっとやらないな、と思って、ヤメタ。
 でも、それで少し、なんちゅうか冷静になって、イチから考え直したりして、結果は良かったと思う。まあ。例によって、今まで書いたとこも、捨てることになったり、書き直すことになったりしたけど、それで気分は軽くなるからね。
 んで、ただ今は、ひたすら書きです。

 大阪初日は良い雰囲気だったね。
 コッチはもう息があってバッチリな上に、大阪では初めて観る観客が多くて、反応が新鮮でな。
 その上、やっぱり大阪の人はノリが良いからね。
 終わって乾杯してる時、涼風真世さんが、私、今日みたいな舞台の雰囲気、大好きだわ、と言っとったが、本当に、そうだったな。拍手も、予定調和な感じでなく、マジでずーっと終わらなかった。まあ、無事にラストスパートで、良かった良かった。
 この日の舞台で、最後のところで使う大事な小道具が、舞台から落ちたんだ。ヤバ!と思ったんだけど、最前列のお客さんが拾って、そっと戻してくれた。
 ありがとう!と関係者一同、感謝しておりまする。
 知ってる人がいたら伝えて欲しい。

 大阪入りの日、ノート抱えて徘徊して、途中、ちょこっとパチンコに。
 CRイエローキャブさ。
 サトエリとか、五十嵐りさちゃんとか、いろいろ知り合いいるからね。何か、揃えてくれそうな気がするじゃない。
 しかし、案の定というか、やはりサトエリは、何考えてるか分からないんだな。かなり熱そうなのに、当然のように、スーパーリーチを揃え損なう。サトエリ・ボクシングリーチでな。外した後、ごめんね!とか笑顔で言うんだけど、ゴメンね、じゃねえぞ、いい加減にしろ!と本気で怒ってしまったね。
 五十嵐りさちゃんも、なかなかやってくれねえんだ。投げキッスとか何回もくれるクセに、ゴメンネ!ばっかり。
 それでも、やはり提携会社イエローケャブだね。最後には、北川友美ちゃんが五連チャン引いてくれて、多少、勝利さ。

 初日のあとは、みんな疲れて早く解散したけど、なぜか、井ノ原と長野、清家と横山とで遊びに行こうと言うことになり、ダーツバーを求めて、小雨の梅田を流離った。
 ダラダラと目的もなく、歩いて、何だか、劇団員と旅公演やってるような気分だったな。
 もちろん、百鬼丸のことはそれでも、頭から消えなくて、心の底から開放的にはなれないのだがね。
 井ノ原君が、本当にありがとうございましたと、言ってきた時、つい、覚えといてよ、今回かなり無理して、コレやったかんね。君たちのために無理したかんね!
 と恩着せがましく言ってもうた。
 何の何のこんなの楽勝!と言わなくちゃ、ダメだよね。豪傑になりたければ……
 未だ私は、迷える小モノだ。



黄金週間(2004.05.01)

 一昨日、コクーン公演が終わりました。
 みんな、こなれていて、とても自然な演技になっていましたなあ。まあ、数カ所、プロデューサーの横槍で、意味のない小コントやらされていたけど。(俺も知らない間に、やってんだぜ、そんなこと……)そんなことはさておき、舞台上で行き交う、呼吸の快適さに、感心しました。
 新感線の井上座長が見に来て、頼むから、君らは、アイドルの芝居をおとなしくやっててくれ、って言ってたって木暮さんから聞いたけど、ホントにね、それぞれにちゃんと役を演じる、純度の高い演劇やってて、きっちりしたお芝居見た、って感じだったな。アイドルらしからぬ、有様だよな。それは井上さんなりの褒め方だと私は思ってるがな。私の発言も何か他人の公演見た感想みたいだけど……
 私としては、それが今回のテーマで、満足なんだがね、でも、その一方で、とは言え、彼らは大変な人気者なんだから、もっと人気者らしく、おバカで派手な見せ物の方が正解なのかもしれんなあ、とも思ったよ。
 あまりに、モロな演劇だからさ。
 しかし今回、彼らが見せてくれた、凄さみたいなのって、一般的にはそう理解されないものだものね。
 アイドルが三人主役やって、その誰もが破綻なく、きちんと演劇やってるなんて、それこそ奇跡なんだけどね、その凄さが分かるのは、やっぱり芝居見慣れた人に限られるかもしれないなあ、と思うのね。
 ま、いいや。やりたいことやりたいようにやらせて貰って、気分はすっきりしてるから。
 新しい出会いがたくさんあって、その上に、三人との絆は本当に固く結ばれた、と思う。
 やっぱり、台本だけの提供だと、間に他の演出家を挟んで、少し遠回りな会話になっちゃうからね。今回、スケジュール的にはかなり無理して、引き受けた(と言うか、やらせろ!としゃしゃり出た)演出だったけど、今まで互いに確かめ合えなかった思いや、疑問や、注文を思いっきりぶつけ合えたと思うね。
 苦労の甲斐はあったはず。
 明日から、大阪に入ります。

 あと、打ち上げで、ワカパイと話していたんだが、何となく、と言うか、当然というか、山田まりやの話になった。
 今の和香さんの状況というのは、初めて会った頃の山田クンにとても似ているからね。
 スズナリに、扉座を初めて見に来た頃のね。あの頃の山田クンもひたすら、おっぱいだけが売り物で、馬鹿でうるさい小娘としか、思われていなかったものだよ。女に嫌われるタレントでさ。
 でも、初めてうちの芝居見てから、いつかこういう芝居やるんだって、心に決めて、ずーっとチャンス作りに励んだのだからね。あの社長に、演劇!演劇!言い続けてね。
 実は和香さん、お母さんが元女優さんで、映画とか舞台とか、本格的にやっていた方らしく、彼女のイメージの中に、舞台とか演技というものがまったくない訳ではないんだな。
 とは言え、今回の舞台は学芸会以来だと言うのだがね。
 何で、井上和香?が演劇に、って本人も思ったらしいがね。もちろん、私も呆れました。このプロデューサー何考えてるんだ、って。受ける方も受ける方だぜ、って。よりによって、俺が本気で演出やるから、とか言ってる時に、って。
 俺の趣味で、決めたと思ってる人が多いみたいだけど、違うからね!
 けどね、その時、咄嗟に思ったのも、山田クンのことだった。
 本人が実は何者で、どんなことを考えてるか、なんて、テレビで見てるだけじゃゼッタイに分からないからね。
 ワカパイだって、実はそういう野望の人かもしれないし、この先、大変な女優さんになるかもしれないじゃない。
 ビキニタレント差別はいかんよ、ねえ。サトエリだって今や、すっかり文化人じゃん。
 たとえば山田クンは、とりあえず、ビキニ姿を売り物にしつつも、胸には、いつかは舞台で演技をやる人になるんだって、そういう野望をずっと秘め続けてた。
 井上和香にはもちろんのこと、世の中の多くの若者にとって、素晴らしいお手本なんじゃない?
 山田には一度、若者のための講演会とかやらせたいね。
 
 ちなみに、ワカパイ、今回の舞台で、けっこう面白いです。
 せっかくこうして幸運なスタート切ったんだから、次に繋がって欲しいじゃない。んで俺が最初の演出だぜ、って自慢すんだ。
 
 
 



 
 

 





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