2004年02月                             

オーディション(2004.02.29)

 体調を崩しておりました。中国行きというよりも、とにかくこのところの過密スケジュールが原因です。でも、とりあえず、少し持ち直しています。ご心配かけてごめんなさい。
 今日は久しぶりに稽古場に行きました。来年度の研究生のオーディションのためです。今年は今日と来週土曜の二回に分けて行われます。
 それと、例年のことながら、今日が新二年生との対面になりました。ラブ3を経て、選抜を受け、2年目を迎えた新人たちが、オーディションの手伝いをします。昨年は彼らが、受けに来ていたんですけどね。ホント、あっ と言う間の一年ですな。
 ちなみに今年は2年目に残ったのは五人です。近々、何かでお披露目があるでしょう。
 それにしても、今日は久しぶりに、茅野と会い、現在の扉座運営部が、一堂に会した日でありました。
 まったくバラバラの活動が続いていましたからね。
 オーディションのあとは、軽く錦糸町宴会をやり、その後は六月公演のチラシデザインなどの打ち合わせをしました。
 私の頭の中は、とてもそんな先のことまでは行ってないんですがね、予定的には、もう進行しているのです。
 久しぶりの扉座出勤。やはり怒濤の如く、過ぎて行きました。
 心配ごとも一つ……
 猿之助さんが、しばし休養なさるようです。三月の『新三国志』は当分、段治郎クンの代役で進行するとか。
 まだまだ病気が完全に癒えていなかったようで、ついにダウンか、という感じです。
 しかし、今まで無事だったのが、不思議なぐらいの超人的スケジュールでしたからね。猿之助進行に比べたら、私の過密スケジュールなんか、スカスカって感じですから。
 神様が、休め!と言っているのでしょう。
 
 パートⅢ、大阪での初お披露目でしたから、とても残念ですけどね。回復次第、復帰すると言うことなので、一刻も早い全快を祈りましょう。
 
 



帰還(2004.02.23)

 本日、中国から帰ってきました。
 最後は上海だったけど、街で見かける誰一人、マスクもしてなきゃ、ニワトリを控えているような気配もなかったです。サーズだインフルエンザだと、大騒ぎしてるのは、日本だけなんじゃないの、って感じだった。
 南京、無錫、蘇州、上海が訪問地です。江蘇省というところね。福岡県から派遣された公式訪問団ですからね。南京では、偉いお役人まで来て、歓迎晩餐まで催して下さいましたよ。私はこの一行の団長ですからね、もっとも総勢5名の訪問団でありますが。
 もう一つ特筆すべき事として、今回は軟弱赤星君が、最後まで元気に生きていました。韓国料理は合わなかったけど、中華とは気とカラダが合ったみたいです。特に江蘇地方の料理は味付けが淡泊で、日本人好みなんだよな。ゲテモノも出てこないし。とにかく連日、熱例歓迎で、毎昼、毎晩、中華フルコースだったけど、その度に私も赤星も美味い美味い、好好!と食べていました。
 ただしこれで中国に勝ったと思ってはいけないのだね。何しろ、あそこは広いのだよ。南の方では、歓迎の持て成しとして、ヘビだのハクビシンだのが、今もドーンと出てくるそうな。たぶんそこでは我らはボロ負けであろうよ。
 報告したいことはいろいろあんだがな……
 今このときの6日の留守は、私の予定を大きく圧迫し、今すぐやっつけにかからなくてはならない仕事が山盛りであります。
 なので、お土産話は小出しでね。
 とりあえず印象深かったことを二つ。
 一つは南京の虐殺記念館。やはり素通りは出来ないだろと思い、こちらから敢えてリクエストを出して見学させて貰いました。
 本当に虐殺記念館、って名前なんだぜ。んで、1937年南京における、日本軍による大虐殺行為のあれこれを告発している場所であります。細かい感想は、もう少し整理して、ちゃんと作家の言葉として発表したいと思います。
 なのでこれはまだ素朴な実感ね。
 一言で言えば、まだ怒ってるんだなあ。憎んでるんだなあ。ってこと。(日記内の呟きなので、イチイチ過剰反応しないこと!言葉足らずは百も承知さ)会館内には、掘り起こした遺骨をその発掘状態のままにガラスで囲って展示してある場所とかもある。細かい解説付きでね。骨にも刀の傷が見えるとか、バラバラにされた形跡ありとか。ただ殺したんじゃなく、明らかに嬲り殺されたのだという説明だな。そういう遺骨体が三十ぐらいズラっと展示されてるんですね。
 ただ息を飲み、言葉を失いますよね。そして、慌てて手を合わせたくなる。
 それにしても、遺骨なのですから、それをこのように展示しているということの意味はひしひしと感じざるを得ない訳で、お前たち、これを直視しろ、という声がどこからとなく聞こえてくるんだな。このように展示することの是非、とかを論ずる前にこれが事実であり、すべての日本人が否応なく、ここにある事実に深い関わりを持っていることを忘れないでくれ、とね。
 正直に申せばね、かなり穏健派であろうと思われる私でさえ、少し嫌悪感と抵抗感を感じました。ここまでしなくていいじゃないか、とね。それほど強く迫ってくるものがある。
 会館の入り口に、とにかく何の説明もなく、どーんと掲げられているのが300000という数字だったりしてね。何が三十万とか、まったく表記なしで、ひたすら数字だけが示されてるのね。これが中国政府の公式見解なんだね。虐殺された人の数のね。これを黙って受け入れよ、と。ただならぬ姿勢を感じますよね。
 でもね、そこまでしなくちゃ、君たち、ゼンゼン分からないだろう、感じないだろう、と言われれば、そうかもしれないな、と反省するしかないんだな。もちろん、我々の先輩たちがしでかしたことに対する遺憾の念もありますが、そこには正直、必要以上に拘りたくない、というのが私の意見でね。我々は、戦争を体験していない世代として、平和を語り合い、実現させたいと思いますよね。そんな愚かな過去は繰り返さないという約束でさ。
 しかし、そうするには、やはり知らなきゃいけないじゃない。繰り返してはいけない過去の正体をさ。
 だって、この記念館の存在は知っていたけど、こんな展示があることすら、ここに来るまで私も知らなかったんですからね。写真とかフィルムとか、そういうものだけなんだろうと思ってた。まさか、遺骨の山を見ることになるとは……
 反省するのはこのことでね、南京虐殺を私が反省できる訳がないものね。生まれてもない時の出来事なんだから。でも、それを知らないということは罪ですよね。だって我々は言葉や写真、絵によってそれを知ることは出来るんだから。
 私たちは知らなすぎるかもしれない。そして、今なお残る彼らの怒りの何分の一かは、旧日本軍のみならず、そんな私たちの無知と無関心に向けられているのだろう、と思うな。
 年末に広島に行き、こうして南京に行く。
 作家として、発語力を試されているなあと感じます。
 まずは言葉を失い。しかし、その後にどんな言葉を探し、みつけて何を言うか。書くか。それが私の仕事だからね。
 でもまだまともな言葉にはならないな。
 今の私が、さまざまな仕事の片手間に言葉にするには、対象が手強すぎます。
 
 とまあ、そんなことがあって、次の日、無錫という場所で、三国城という場所に行った。
 これが中央電視台が作った大河ドラマ『三国志』の巨大オープンセットをそのままテーマパークにしたというご機嫌な場所でありました。『三国志』は猿之助さんとともに、ビデオで見倒しましたからね、私。大はしゃぎでありました。
 なかでも見物は、騎馬戦ショー。
 本物の馬を使った三国志名場面再現ショー。呂布 対 劉備三兄弟の合戦シーンを本物の馬にまたがり、本格的な扮装をした役者たちが、目の前で見せてくれる。
 まあ、日本で言えば、江戸村なんだろうが、目の前で馬をビュンビュン走らせて、合戦をする、その無謀さというか、豪快さというか。ディズニーランドなんかにはあり得ない、野性的な興奮でした。
 
 さて、明日はお昼にトニセン公演の製作発表。何か派手に演出してやるみたい。
 私としては、ひっそり地味に、でも本格的にやりたいだがな、次の公演は……早く東京モードにリセットせねば。
 またしても多忙な日々に戻ります!
 



明日から江蘇省(2004.02.17)

 本日は、早朝より、神奈川の大和市に行き、福田小学校でのワークショップがございました。
 良く晴れているのに、何と寒い一日であっことか。特に小学校の体育館はシンシンと冷えておりました。自分が児童時代には、そんなことあんまり気にならなかったんだけどね。しかも冬でも半ズボンだったんだけどねえ……
 まあ、子供たちは、至って平気な感じだったから、やっぱりこちらが歳食ったってことなんでしょう。そういえば、あんまりいないね、半ズボン。今日はゼロだった気がする。このまま廃れ果てるのか、半ズボン……
 二十面相の嘆きが聞こえます。

 そして、明日から、私と赤星は中国です。上海から入って、南京とか蘇州とか。江蘇省というところが訪問先です。
 かなりマイナーな感じですけどね、福岡県が姉妹県の契りを結んでいるそうだ。そして現地の芸術家たちに会ってくる。凄い人がいたら、交渉して、今年の秋に呼ぶことにする。そんな仕事です。まあ、燃焼系アミノ式の本場な訳で、スゴイ人だらけに決まってるんだけど……

 にしても、いきなり上海から、南京まで自動車移動スからね。地図で見たら、東京と名古屋ぐらい離れてるぜ。たぶん半日ぐらい平気で走るつもりだろう。前に一度、重慶とか武漢とか、長江下りで数カ所巡ってますけど、ホントにあの国は無茶しますからね。飛行機もバスも船も……
 特に車系は、決して良いとは言えない道路を、かなりオンボロバスでもぶんぶん飛ばして、全土バスで行くぜ、土埃舞上げて突っ走るぜ、みたいな感じでね。しかも途中のトイレ事情なんかが著しく悪い、というより、トイレなんかない、場合もよくある。一度なんか、河原にブルーシート張り巡らしたような感じのコーナーがあって、そこには穴が掘ってあるんで、そこで隠れてしてこい、みたいなのもあった。
 まあ我々男子は、そこらでやっちゃうんで、大の方の緊急事態以外なら、どうとでもなんですけどね。でも、たまにあるトイレがまた凄いんだ。大の方とかも、仕切が簡易的過ぎて、隣の人と顔が合う形式だったりして。それが習慣というものらしいので、こちらが文句は言えないんだがな……

 でも、ホントその国土の広さに呆れ、やがてうんざりし、ついには慣れる、のかどうか。今回は、茅野は行かず、私と赤星の軟弱コンビなので、余計に心配は募るのであった。
 何せ、昨年の韓国行きでは、仁川国際空港到着と同時に具合が悪くなったのが、赤星クンでありまして、それに少し遅れて三日目の朝、胃が停止したのが私であります。その時、確かにコトリと音がして、胃が完全に動きを止めてしまい、以降、食欲がどーんと落ちたのでありました。もうキムチは見たくない状態ですね。
 結局、茅野さんだけですから、毎日、出されたキムチをすべて食べていたのは。しかも時にはお替わりまでして。
 アジアの旅に、茅野がいないのは、痛手だね。
 韓国より、中国の旅の方が、ずっと異国度が増しますからね。たぶん食べ物も全食中華でしょうからね、韓国みたいに日本にあるものは何でもある環境ではないし。逃げ道がない。
 赤星は死ぬんじゃないだろうか……
 鳥インフルとか、サーズなんていう不安も大いにある中の、強行訪中団、しかも扉座は軟弱師弟コンビのみの参加。果たして無事に帰国できるのか否か、どうぞ次回の報告をお楽しみに。



日曜日は……(2004.02.15)

 日曜日は卒業式です。ラブ3も無事終了して、ついにそういう季節がやって来たのであります。
 ついでに言えば、何か今日は春一番だったんだってね。まだまだ寒さとの交互繰り返しだろうけど、春の足音ってやつだね。
 私、来週の半ばから中国に行くことになってるので、さまざまな予定前倒しで、あたふたとやっております。
 福岡の仕事で、姉妹都市の南京に行って参ります。しかし、このさーずとインフル問題に揺れる中、わざわざ中国なんか行くヤツいんのかよぉ、って感じだけど、今のとこ強行らしいです。しかし、こんとこが忙しすぎで、私ゃ、何かそんなとこに今から行く、って気分ではゼーンゼンないんだがな。
 そろそろ用意もしないとな。
 そんな中、本日は、溜まった雑用処理してました。新三国志の大阪公演用のパンフ原稿書いたりして。来月から、こちらも始まるんですな。そんで、いよいよ新三国志最後の年です。構想を練り始めてから足かけ八年に渡る大事業でありましたからね。
 こんな仕事、もう二度とないでしょうな。
 三月が大阪で、四月、五月が東京です。その一方、扉座は茅野が『曲がり角の悲劇』やってて、個人的にはトニセン劇団をやるという、四月はホントに滅茶苦茶な進行です。しかも、それと同時に六月の新作の仕込みも進めないと間に合わない……
 コレ、本当に全部クリア出来るんでしょうか?
 誰よりも私が不安になる進行です。
 とは言え、その新作についても、昨日は手塚プロに行って、相談とかしてましたからね。もうそろそろ構想とか練り出さなきゃならない……
 一部にはお知らせしていますけど、手塚マンガを原作にした新作を作ります。まあ有名だけど、それほど有名じゃない作品をアッとおどろく趣向でね。劇団公演で今年、私がやるのはコレ一本なので、ちょっと冒険しようと思ってます。
 それやこれや、課題を多大に抱えつつ、明日はともかく卒業式。
 であります。
 
 



七回目の終わり(2004.02.13)

 ラブ3が終わりました。
 いつもそうですけど、涙涙の終わりでね。一期一会というのでしょうかね、聖なる一回性というやつの重みをひしひしと感じますね。
 でもね、単なる一回のものなら、世の中にはいろいろあんですよね。ラブ3が尊いのは、これだけのために何ヶ月も掛けて、全部自分たちで作り上げて、その課程では、たくさんのもの捨てて来てね。書いては書き直し、作ってはやり直しね。
 そういうものが凝縮してるからこそ、心の底から泣けるんだし、感動出来るんですよね。そこんとこ忘れてはイカン。
 つまり、これをやり続けてる私たちとしてはさ、若い俳優たちに是非、それを体験し、覚えておいて欲しい、ってことなんだな。同じような快感を得たければ、これから先、何やるにしても、これぐらい必死にやれよ、と。
 お客様の一人が、毎年これが終わると、そろそろ春なんですよね、と仰っていましたが、ほんとうにそうなんですよね。またアッという間に季節が変わってゆく。

 昨日は、カヤノやたかシの なっちミュージカルにも行ってきました。あの手の出し物としては、何よりも軽快でテンポが良いのが、気持ちよいですね。それと、舞台に集中力がある。出演者たちがそれぞれに課題を持って、そこに集中してやってるというのがよくわかりました。そこはべったり張り付いて、しつこく練り上げてる茅野の影響でしょうね。彼の場合、どこに行っても劇団チンクにして行くんだね。
 まあ、本当の劇団をほったらかして、やってるだけの仕事はしてるね、茅野先生、てとこでしょうか。
 それにしても、ラブ3の打ち上げがあることさえ、知りません出したぜ、茅野先生。
 私は青山劇場で、ミュージカルに続いて、ナッチコンサートまできっちり堪能し、その後に、錦糸町に行って打ち上げに参加したぞ。
 んが、もう疲れ切って、死にそうじゃった。何せ、こんとこまともに寝てなかったカンね。フラフラですわ。

 で、ここでも何度も辛い辛いと言っていた新作ですが、先ほど、何とか終わりまでこじつけました。
 まあ、こんなものは初日が開いて、楽日まで完成はないのでね、終わったとは言えないんだが、とりあえず第一回目の脱稿というやつです。
 ホントに書いては書き直したぜ。
 最初のプランとは全く別物になってるからね。
 二本分は書いた。
 
 キャリア二十数年の私が、こんだけやってるんだよ。名もなき新鋭たちが苦しむのも、厳しいダメ出し喰らって、やり直しを命じられるのも当然じゃないかね、諸君?
 何しろ、私は誰にも見せる前から。自分で自分にダメ出しして、出来たモノを捨てたり、書き直したり、してるんだよ。
 甘い客やスタッフは騙せても、自分は騙せない境地ってのがあんだな。経験上ね、ああ、あそこはもっと粘って、やっとけば良かった、という後悔ね。これほど情けなく悲しいモノはないから……

 まあ、君たちも、本物のプロになったら、そういうことがやがて分かってくるだろうよ。
 
 
  

 
 
 



らぶらぶらぶ(2004.02.08)

 七回目の初日が開きました。
 いつもは、劇団員たちが集まるのですが、今回はそれぞれに活動していて、今この時に大きく動いている劇団の、卒業公演という感じです。私もまさに、死にそうになりながら新作書きやってる最中だしね。茅野は大阪なのかな。
 そんな中で、今回は田中クンの本格的演出家デビューと言うべき作品です。中味の作品まとめには、私もかなり参加しましたけど、全体の演出プランと俳優教育はほとんど田中クンにお任せでした。
 結果としては、私は満足出来るものになったと思います。私のテイストでも、茅野のテイストでもない部分が、ケツコウ見えてて、田中らしい手堅さの中にも、新しい個性が光っているんじゃないかな、と。
 皆さんのご意見をどんどん聞かせて下さい。
 
 それにしても、ラブ3はいつものことだけど、観客席は重く堅い雰囲気ですなあ。
 まあ、演劇ファンというよりも個人的な知り合いばかりを手売りで呼んでて、扉座はもちろん、舞台公演というもの自体、初めて観るなんて感じのお客さんも多いし。肉親や友人たちにとっては、本人が失敗しないか、ハラハラして、とても楽しむ状態じゃない、って感じだし。ともかく、和気藹々にはほど遠い感じなんだよな。まあ、これが千秋楽に向けて徐々にほぐれて来て、舞台と客席が解け合ってく、てのが例年のパターンで、予測済みとも言えるんだけどね。
 嘘だと思うなら、二度観て観てくださいな。特に千秋楽と見比べて欲しいナ。まったく別の公演なんじゃないかって、ぐらい客席の期待度が高まってますから。意外に面白いよ、とか口コミで広がってくんだよね。で、一度は断られた友達から、予約が入りだす、とか。それがパターンなんだな。
 今日辺りの雰囲気は、こいつら何やらかすんだ?二時間半も何を押しつけやがるつもりだって、明らかに、疑いの気配プンプンですものね。
 ま、劇団の卒業公演で、面白いものなんか、ないのが常識だしね。それもむべなるかな、なのだが。
 でも、そこんとこを、変えたい、ってのがそもそもこれを始めた動機ですからね。扉座では、研究生公演も売り物に仕上げようと言うね。
 しかし、七回目にして、まだ疑われてる。これは今後の課題ですな。
 
 あんまり、雰囲気が堅いもんだから、今日は仕方なく、私が楽しむ観客になってしまいましたよ。真っ先に手叩いちゃったりして。私と振り付けの田井中先生と、タップの振り付けの柳瀬先生とが、三人で並んで、わあわあ言って。
 完全な手前味噌でありますがね、まだ若い芸人たちですから、乗せた方がいいんだよね。乗せれば、その瞬間に、自分でも知らない力を見せる。そして、ぐーんと成長する。これは本当に、目の前で、突然、化ける!なかなか味わうことの出来ない瞬間ですよ、観客としても、こういう感じは……
 今日だって、観客が疑いの気配を消してくれた後半以降は、俳優たちの顔が明らかに変わってきましたからね。自信を持って、輝き始めた。
 それがまさに成長なんだな。
 
 これから観に来て下さる観客の皆さん。まだまだモノ足りぬ部分もあるでしょうけど、厳しい感想、ご意見は、終演後にぶつけることにして、どうか開演している最中は、もう少し楽に楽しんで下さいませ。
 と、同時に若い俳優たちへ言うとすれば、君たちが堅いから、ますます観客席も堅くなるのだよ、と。
 初舞台のギシギシした緊張が、そのまんま観客に行くのだからね。とはいえ、緊張するなと言うのも無理な話だからね。これはこれで、こういうガチガチの雰囲気を愛おしむべきかな、とも思うんだけどさ。
 観客席の気配を掴み、自分の呼吸に引き込んで行く。これはとても難しいこと。でも、それが出来たら、これほどの快感はない。落語家の昇太さんが言ってたもん。ハトバスの団体とかが入ってる時の寄席は、もう乗りは悪いし、堅いし、やりにくいことこの上ないと。でも、そこを少しずつほぐして、最後には全部自分に引きつける。この駆け引きが、たまらなく面白いって。
 まあ、勉強することは山ほどあんだよ。

 確か、いつかもこういうこと、ホームページに書いたんだ。ラブ3は、一作ごとに、拍手があったりするのが、私の理想です。その拍手で、作品の人気度がわかるみたいなね。
 10回目までには、そんなことにならないかな。と思ってる。
 それにはもっとラブ3ファンを増やさなくちゃだな。

 ともあれ、初日おめでとう。
 君たちの長い長い俳優生活の、今日が記念すべき第一歩だ。明日からの、めざましい成長を願うよ。観客の前で、育つという、奇跡の瞬間をたくさん、見せておくれ。


 
 
 
 



大変ごぶさた(2004.02.06)

 ひたすら、書いては書き直しの日々でありました。
 出来れば進行具合とか、細かく連載したら、面白いなとも思ってたんだけど、とてもそんな余裕がなくなった上に、何と言っても、人気者たちの舞台ですから、あんまり先走った情報を流すのも問題だろうと思われ、それやこれやで、劇団のホームページもしばし開かず、ほぼ自宅軟禁状態でありました。
 久しぶりに書いたのは、いよいよラブ3が始まるからであります!
 こんとこは、そんな調子で、ほぼ田中クンに任せきりでありますが、ちょこちょこ覗いてた限りでは、まあ合格点に達するのではないかと踏んでおります。何しろ、家庭も顧みず、(私は顧みて欲しいよ。心配だよ、幼子もいるんだし……)連日泊まり込みの勢いで、田中信也一世一代の勝負に出た、って感じの怒濤の稽古でありましたからね。
 明日のゲネには行こうかと思っています。稽古場はまあ、クリア出来たとしても、劇場使いの経験はまだまだ不足してますからね。
 行ったところで、今更アレコレ言っても、混乱させるだけなので、たぶん何も言わずに、がんばれと念じるだけだろうがな……
 
 劇場リハーサルのことを、ゲネっていうんすよ。ゲネプロての。
 これ劇場マメ知識。
 今日は扉座、ゲネの日かな?なんて使うと、通人ぽいぜ。

 それにしても終わらない、新作書き。はっきり言ってへろへろです。しかしまだ道は遠し。最初の構想からは、もう見事に別物になってて、三本分ぐらい書いた気がするんだがな……
 考えすぎて頭が休まず、眠れなくなってるのが何より辛い。日頃は、自宅でお酒なんか飲まないんだけど、こんとこは寝るために、少し飲んでます。
 今もちょぃと、酔ってる。
 ちなみに6日の午前四時だ。

 ラブ3、見て上げて!
  





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